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37.俺の国の挨拶

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 ドクンと胸が跳ねた。ソノワ伯爵令嬢。

 軽やかに踊る体が音楽の終わりに合わせてぴたりと止まり、傍らの男性と共に優雅な礼をした。銀色の高く結った髪が輝き、宝石を付けた髪飾りが揺れている。

 わっと歓声が上がって、兄妹は微笑んだ。
 市場の騒動の中、ジードの体で庇われていた令嬢の姿が甦る。
 
「ユウ殿? どうかなさいましたか?」
「あ、いえ。綺麗だな……と思って」
「ああ、そうですね。ソノワ兄妹は美しい。双子なのも珍しくて、昔からよく話題になっていました」

 言われてみれば、銀髪に紫の瞳というだけではなく、二人はとてもよく似ている。男女だから二卵生だと思うけれど、体格をのぞけばそっくりだ。
 見惚れていると兄の方と目が合った。一瞬、はっとしたように目を見開いて、すぐに射るような鋭い視線を向けられる。
 
 ……何だろう? 
 
 明らかに敵意を感じて背中にぞくりと寒気がする。今まで、あんな目で見られたことはない。

「ユウ様!」
「レト?」

 振り向くと、レトとゼノが二人並んで手を振りながら歩いてくる。思わず走り寄った。

「ああ、やっぱり、その御召し物はユウ様にぴったりでしたね! 青で仕立ててよかった」
「ありがとう、レト。何だか緊張して、似合っているのかどうかもわからないよ」
「よくお似合いですよ。お気づきではないかもしれませんが、ここにいる人々は皆、こっそりユウ様を見ております」

 レトの隣に立つゼノも、優しい言葉をかけてくれる。笑顔を浮かべるゼノは、前髪を上げてきりりと男前だ。レトもレースをふんだんに使った華やかな装いがよく似合う。よく見ると、レトとゼノの上着の刺繍は同じだった。レトが深緑でゼノは濃茶。色合いが違うけれど、同じ花模様の刺繍が縫い込まれている。

「二人の服の刺繍は同じなんだね。すごく綺麗だ」

 レトとゼノは顔を見合わせて、嬉しそうに笑った。

「公の場に伴侶と出席する時は、互いに同じものを身につけるんです。それが無二の相手だと示す証立あかしだてとなります」
「証立て……。それは、何でもいいの?」
「ええ、宝石でも服でも。他の者から見て、すぐにわかるものなら」

 俺たちの世界で、揃いの結婚指輪をつけるようなものかな。

「此度の世話人は優秀だな。おかげで客人は見事な成果をあげられた」

 後ろから声をかけられて振り向くと、銀色の髪に藍色の瞳の美形が隣にやって来た。レトとゼノが息を呑んだのがわかる。二人はすぐさま並んでひざまずき、深く頭を垂れた。

「えっ?」

 ……この人、もしかしてすごく偉い人なんだろうか?
 
 そういえば、まだ名前も聞いていなかった。
 柔らかに微笑んだ美形が、彫像のように身動きしない二人に話しかける。

「そんなにかしこまる必要はない。客人殿もびっくりなさっている」
「あの、失礼ですが、貴方は……」
「……あ! ユウ様ッ!」

 血相を変えて叫んだレトを、俺の目の前の人物が目で制した。

「申し遅れました。私は、テオドア・エンツアール。どうぞお見知りおきを」

 優雅な礼と共に、手をとられて手の甲にキスをされる。きちんと礼を返さなければ、と思った時だった。
 ふと、スフェンが言った言葉が耳に浮かんだ。

『ヨロシク……と、ユウがよく言うだろう。その度に真剣な顔をするから、大事な挨拶なんだと思って』

 俺は、手を取られたまま、一度深く頭を下げた。そして顔を上げてじっと相手の目を見た。

「俺はサダ・ユウです。こちらでは皆さんにお世話になっています。よろしくお願いします。……あの、俺の国では、これが挨拶の言葉なんです。」
「挨拶? その言葉にはどんな意味が?」
「色々あるけど……。これから仲良くしてほしい、とか、一緒にやっていきましょう、とか」

 藍色の瞳は驚いたように瞬く。次の瞬間、小さな笑い声が上がった。

「一緒に……か。私ともぜひ、これから親しくしてもらえれば嬉しい」
「……はい!」

 ほっと息をついて振り向けば、レトが目を見開いて口をぱくぱくしている。ゼノはレトの手をぎゅっと握りしめていた。
 
「皆様方、ご静粛に!」

 その時、華やかな音楽が止んで、宰相の声が響き渡った。中央で繰り広げられていたダンスは終わり、大広間は水を打ったように静かになる。

「これより、我が国へ大いなる恩恵を授けられた客人たちに、陛下よりお言葉を賜ります」
「ああ、ちょうどいい。共に行こう」
「……えっ?」

 銀髪の美形が俺の手を引いて歩き始めると、あっという間に左右に人が分かれて道が出来る。人々はまるでさざ波のように次々に頭を下げて優雅に礼をした。俺だけが、まるで保護者に手を引かれた子どものように、訳もわからずに後をついていく。

 大広間の奥には一段高い場所があり、そこに玉座がしつらえられている。国王陛下に王妃殿下、輝く金髪に青い瞳の一族が並び、一斉にこちらに目を向ける。国王陛下が俺の前の人物をじっと見た。

「ほう、其方自ら客人を迎えに参ったか?」
「御意にございます。我が国の功労者を一目でも早く見たいと心がはやりました」

 ……この二人はどういう関係なんだ?
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