37 / 90
36.ダンスと令嬢
しおりを挟む「スフェン、今日はよろしくお願いします」
緊張しすぎて体中カチコチだったが、深々と頭を下げた。久々に会ったスフェンは、緩やかに金髪をなびかせ気品に溢れていた。上着には豪華な金の刺繍だけでなく細かな宝石が縫い込まれ、宝石はスフェンの瞳と同じ色だ。易々と着こなす様は正に貴族。公爵令息は優雅に首を傾げた。
「……前から一度聞きたかったが、それは君の国の挨拶なんだな」
「えっ?」
「ヨロシク…と、ユウがよく言うだろう。その度に真剣な顔をするから、大事な挨拶なんだと思って」
「うん。俺の国ではよく使うんだ」
「では、こちらも。今夜はヨロシク、ユウ」
スフェンの笑顔と差し出された大きな手は、緊張を和らげてくれた。
夜会の行われるのは専用の大広間だと聞いて、自分がこの王宮のことをろくに知らないのだと実感する。王宮内を移動するだけなのに、歩くと結構な距離があった。
二人で廊下を進む間も、あちこちから頭を下げられる。スフェンが言うには身分の低い者から高い者へと声をかけることは出来ない。公爵令息であるスフェンが伴っている以上、俺に気軽に声をかけられる者はいなかった。
「ユウ、ここからは手を」
「えっ」
「入室時には相手がわかるように、手を握るか腕を組むんだ」
大きな扉の前で深く頭を下げた人々の前を通る。スフェンが優しく手を取ってくれなければ、緊張でつまずいてしまいそうだった。
大広間の中に入ると、部屋の壁には燦然と輝くシャンデリアのように魔石が煌めいている。もう夕暮れだというのに、隅々まで真昼のように明るかった。
天井には女神と精霊たちが美しく描かれ、はるか奥には一段と高くなった場所に玉座があった。色とりどりのドレスに身を包んだ女性たちはまるで花か蝶のように美しくて、自分がその中にいることが不思議だった。今までも夢みたいだと思うことは多かったけれど、まるで映画の世界に入ったようだ。
広間の中に進むと、あっという間にスフェンの周りには人が集まって来る。次々に紹介されて、よくわからず愛想笑いをしていると、大きくファンファーレが鳴り響いた。人々の間に大きな拍手が沸き起こる。
王族の入室だった。国王に王妃、王子たちが席に着く。あっという間に飲み物が配られ、俺も勧められるままに細長いグラスを受け取った。宰相の挨拶と共に皆がグラスを掲げ、夜会が始まる。
スフェンと一緒にいると、いよいよ質問攻めに遭いそうだったので、俺は目立たない壁際へとそっと移動した。
音楽が変わり、中央ではダンスが始まった。流れるように美しい人々を見ながら、ため息をつく。
「踊らないんですか?」
声をかけられて、自分にだとは気づかなかった。えっと顔を上げると、吸い込まれるように美しい藍色の瞳があった。肩までの銀色の髪がさらさらと揺れる。美しい顔立ちに思わず見惚れてから、男性だと気がついた。
「……えっと。踊れないので」
正直に答えると、相手の口元に笑みが浮かぶ。
「少しも?」
「はい。こんな……ダンスはしたことがないんです」
「それは珍しい」
「俺の知っているダンスとは違うから」
確かにこの国の夜会に出席するような身分の者でダンスも踊れない人はいないのだろう。でも、俺の踊れるダンスは、こういうのじゃないんだよね。
「お酒も苦手なようですね。少し待って」
手にした酒が少しも減らないのを、彼はすぐに見て取った。片手を上げると、さっと人がやって来る。
「こちらの方に飲み物を。酒は苦手なご様子だ」
あっという間に、飲み物が並んだ盆が運ばれてきた。どれもアルコールが入っていないと聞いて、手近なオレンジ色のグラスを受けとると爽やかな甘みがあってほっとする。
「美味しい」
「よかった。……それはオーラの果実を絞ったものです。この国は果実が豊富なのですよ」
「ああ、そうですよね。市場にもたくさんの果物があった」
「……そういえば、あの素晴らしい品は市場で見つけた果実からお作りになったのでしたね。ご活躍は耳にしておりますよ、客人殿」
思わず相手を見上げると、にこやかに微笑んでいる。
「あの、あなたは……」
思わず話しかけようとした時だった。大広間がわっと賑わった。
中央で踊っている令嬢を見て、どこかで見たと思った。一緒の男性とぴたりと息が合ったダンスは、見惚れるほど綺麗だった。
「おや、あれはソノワ伯爵家の兄妹。相変わらず見事だ」
──ソノワ伯爵令嬢。
ドクン。
大きく心臓が鳴った。その名前は聞いたことがある。
市場でジードが令嬢を庇っていた姿が鮮やかに浮かび上がった。
そうだ。彼女は……ジードの許嫁だ。
32
お気に入りに追加
783
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~
ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・ご都合主義のなーろっぱです。
・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?
万華の咲く郷
四葩
BL
日本最大の花街、吉原特区。陰間茶屋『万華郷』は、何から何まで規格外の高級大見世だ。
皆の恐れる美人鬼遣手×売れっ子人たらし太夫を中心に繰り広げられる、超高級男娼たちの恋愛、友情、仕事事情。
恋人以外との性関係有。リバ有。濡れ場にはタイトルに※を付けています、ご注意下さい。
番外編SSは別冊にて掲載しております。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切、関係ございません。
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる