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31.ピールの魔力

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 半月後。

 俺とレトは、王宮の広大な敷地の隣に建つ王立研究所にやってきた。尖塔のある三階建ての大きな建物は、使われた魔石で白く発光している。真っ白な外観は魔獣への防御効果もあるという。

「ここは、魔石や魔力に関しての研究施設なんですよ。ゼノの部署もここにあります」
「魔石オーブンはここで生まれたんだ……」

 感慨深く見上げてしまう。オーブンのおかげで、無事にピールを完成させることが出来た。ゼノとレトには感謝ばかりだ。
 ちょうど正面の扉からゼノが出てきた。レトが俺たちが訪れる時刻を伝えてくれていたのだ。日焼けした肌に、笑顔が眩しい。広々として開放的なエントランスで、俺は深々と頭を下げた。

「ゼノ、ありがとう! それに、ごめん……。俺のピールのせいで大変なことになってしまって」
「そんな、ユウ様! どうぞ顔をお上げください。ピール作りでお役に立てたのが嬉しくて、つい俺たちも食べすぎてしまったんです。それがまさか、あんなことになるとは」

 ゼノが顔を赤くするのを見て、レトも真っ赤になっている。そんな二人を見て、つい二人のあれこれを想像して、俺まで頬が熱くなった。いけない、いけない。余計なことを考えちゃだめだ。

「ほんとにごめん。自分が食べても何ともなかったから、てっきり皆の体にも影響がないと思ってたんだ」
「いえ、俺たちもまさか、あんなことになるとは思ってもみませんでした。でも、その……嬉しかったです。まさかレトがあんなに積極的に……」
「ゼノ! よ、余計なことをッ!!」

 レトが走り寄ってゼノの口をばちんと手で抑えた。ゼノは口を抑えられて、もごもごしながらも嬉しそうだ。

「レト、ゼノが苦しそうだけど」
「ユウ様のお耳にろくでもないことを聞かせるわけにはいきません! 全くもうッ」

 レトはまるで猫が毛を逆立てているみたいに怒っている。ゼノがレトの手を外しながら、優しくごめんと言うと、頬をわずかに膨らませたまま目を逸らす。

 ……レトって、実はツンデレだったんだな。

 そんなレトに、ゼノはべた惚れなんだろう。蕩けそうな微笑みを向けている。俺は夫夫ふうふのじゃれあいに当てられっぱなしだ。

 俺の視線に気づいた二人は、さっと姿勢を正した。ゼノが先に立って研究所の中を案内してくれる。廊下を歩き、一つの扉の前で立ち止まった。コンコンと扉を叩くと、どうぞと促す声がする。中には応接セットがあり、まるで医者のように白衣を着た男性が窓際に立っていた。

 彼は背中まである銀髪を一つに結び、この世界では珍しく眼鏡をかけている。にこりと微笑む顔は整っていて、知的な雰囲気だ。研究者なんだろうか? 彼は俺の前まで、さっと歩いてくると礼をした。

「はじめまして、客人まろうど殿でいらっしゃいますね? 私はラダ。この魔力分析研究室の主任を務めております」
「あっ、はじめまして。ユウです」

 この世界の人は皆そうだが、ラダも俺よりずっと背が高い。何となく緊張して見上げると、目元は優しかった。ラダは俺たちにソファーを勧め、ゼノと並んで座った。俺はレトと並んで、ラダたちに向かい合う形になる。

「早速ですが、ご依頼のあった食物の分析結果について、お知らせ致します。正直に申し上げて、衝撃と悔しい気持ちが同時に湧き起こりました。私どもの世界に来てまだ日が浅い客人殿が、このようなものを作り上げるとは……、我らは今まで何をしていたのかと……」
「え、ええっ?」

 眼鏡の奥の穏やかさが消え、悔しさの滲んだ瞳が俺を睨みつける。

「客人殿のお作りになった食べ物の材料は、どれも我が国で普通に穫れるものです。スロゥも、リュムも、時期になればたくさん穫れて値段も安い。花々の蜜でさえ、どれかに偏っているわけではない。時期に咲く様々な花から穫れる百花蜜です。今まで、スロゥやリュムの皮を特段食べようと思うことはありませんでした。実がたくさん穫れるのに、わざわざ皮を使おうなんて発想はなかったのです」

 俺の元の世界だって変わらない。たくさん穫れるのもは、大抵中身だけを食べて皮は捨ててしまう。

「こちらを、ご覧ください」

 テーブルに置いた資料をラダが広げた。簡単な図があって、実と皮の栄養と共に魔力量が載っていた。更に皮を干して重量が変わった場合も。

「皮の方が実よりも魔力量が高く、干せばさらに倍増します。そして、蜜との組み合わせにも相乗効果が見られます」
「……相乗効果」
「ええ。そして、特筆すべきなのは、食べた後すぐに魔力が高まることです」

 俺とレト、そしてゼノの肩がピクリと跳ねた。

「食べた量が多いほど強い興奮状態が起こり、覚醒作用もあると思われます。普段から魔力量が多かったり、魔力過敏な状態にあったりする者は十分な注意が必要です。自分が抑えきれず、想定外の事態を引き起こすかもしれません」

 部屋の中に沈黙が落ちた。
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