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24.ユウの謝罪
しおりを挟む余計なことを考えるな。ちゃんと、大事なことを伝えるんだ。そう思っているのに、ひりつくような痛みが走る。俺は、大きく息を吸った。落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせる。
「今日は、ジードに謝ろうと思って来たんだ」
「謝る?」
「うん。この間、俺はひどいことを言った。ごめん」
一度口から出た言葉は二度と取り戻せない。ジードは俺を許してくれないかもしれない。
……それでも。
俺は立ち上がって、深く頭を下げた。
「市場で窃盗があった時、ジードはただ泥棒を見過ごしたわけじゃない。真っ先に令嬢を守っていただろう。なのに、俺は何もしなかったと言ったんだ。しかも、エリクと比べるようなことを⋯⋯。ごめん。卑怯なのは俺だ」
ジードは何も言わなかった。
頭を上げると、ジードの綺麗な碧の瞳が、真っ直ぐに俺を見ていた。
「えっと、これ」
俺は、脇に置いていた革袋を差し出した。
「俺の国ではピールって呼ばれてる食べ物だ。スロゥとリュムの皮をゆでこぼしてから、花の蜜で煮て乾かした。なかなかうまくいかなくて時間がかかったけど、レトや伴侶のゼノにも協力してもらって、ようやく成功したんだ。出発までになんとか間に合ってよかった」
自分の手が震えそうになるのを必死でこらえた。
……受け取ってもらえるだろうか。
たとえ受けとってもらえなくても、最後までしっかり自分の気持ちを言おう。
「これ、ジードに食べてほしくて作ったんだ。う、受け取ってくれたら嬉しい」
「……俺に?」
「うん。プリンがうまく作れなかった時も、ジードはずっと応援してくれた。俺はひどいことを言ったし、これで埋め合わせが出来るわけでもないと思ってる。ただ、この世界でスイーツを作った時に、一番先に食べてほしい相手はジードなんだ」
「一番先に……。ユウは、これを俺の為に作ってくれたのか」
俺はこくりと頷いた。緊張していた体から一気に力が抜けてしまいそうだった。
ジードがソファーから立ち上がった。あっと思った時には、革袋を差し出した手が、ジードの手の中にあった。大きな手の中に自分の手が包み込まれている。
「ありがとう。ユウ……」
「……うん」
何て言葉を続けたらいいのだろう。目を上げると、ジードがうろたえたような顔をする。ぱっと手が離れて、ジードは何度も瞳を瞬いた。
「こ、これ、開けてもいいか?」
「あ、今、食べる?」
「せっかくユウが持ってきてくれたんだ。食べて礼を言いたい。次はいつ会えるかわからないから」
「そうか。うん、そうだよね」
ジードの言葉に、俺は頷くことしか出来なかった。平和な国に生まれて、戦うってどういうことなのか、本当はよくわからない。ただ、この世界に来てすぐに、魔獣に食われそうなところを助けてもらった。ジードの方がいつだって生と向き合っている。
革袋は、結んでいた紐をほどくと、一枚の布になる。ジードは中に入れた二つの包みを丁寧に開けた。リボンを取れば、それぞれのピールが輝いている。ジードの顔がほころんだ。
「綺麗だな。食べるのが惜しいくらいだ」
「きらきらしてるのがスロゥで、明るい緑の方がリュムだ。リュムのピールは、ジードの瞳みたいに綺麗な碧だと思うんだ」
ジードが黙ったので、あれ? と思って顔を見た。
「……ジード?」
ジードは黙ったまま、リュムのピールを摘まんで口に入れた。うっすらと頬が赤い。
もしかして、今、自分はものすごく恥ずかしいことを言ったんだろうか。
「ど、どう?」
「うまい。口に入れた途端に甘みが広がって酸味が追いかけてくる。すごく、爽やかだ」
「……よかった」
ジードは続けてスロゥのピールも食べた。顔を上げて笑顔を見せてくれたので、ほっと息をつく。
「こちらのスロゥのピールは触感がいいな。つい、後をひいて幾つも食べたくなる」
「少しずつ食べて。日持ちするし、栄養もあると思う。そう言えばさっき、騎士たちが力が湧いて来ると言ってたな……」
俺にはよくわからないんだけど、と続けようとした時だった。
ジードが前屈みになって体を震わせている。
「ジード? ……どうした?」
「いや、何だか急に体が熱くなって……」
ジードは口元に手を当てて、息をするのも辛そうだった。慌てて俺が駆けよれば、ガタガタと体は震え、どんどん息が荒くなる。
「ジード! 大丈夫か? ジー……ド?」
一瞬、何が起きたかわからなかった。
目の前が暗くなって、頭の上から熱い息がこぼれてくる。身動きもできないぐらい強く抱きしめられている。
俺は、ジードの腕の中にいた。
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