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19.レトの伴侶
しおりを挟むレトが戻るまで、俺は庭の芝生の上にしゃがみこんで、じっと笊を眺めていた。
……乾かない。
予想以上に乾かない。これはやはり、湿度が高いからか。それに、皮の水分量も向こうの世界とは違う気がする。
俺の部屋は、王宮の貴賓室の一つだ。異世界人の長期滞在の為に用意されたもので、小さな台所や浴室もあれば、部屋のすぐ前には広々とした庭もある。
庭師の皆さんが日々手入れをしている庭は、柔らかな芝生が青々と茂り、すぐ隣に美しい花々が咲いている。芝生は裸足で歩いても心地よく、いつでも枯れ落ちた花一つ見当たらない。
その見事な庭には、今や所狭しと丸くて大きな笊が広げられている。芝生の上に木箱を幾つも置いて、笊を乗せたのだ。必要だからやっているのだが、何だか庭の景観が悪すぎて申し訳ない。
笊の上には、きらきらしたスロゥと爽やかな碧のリュムの皮の蜜煮が並んでいる。
……のどかだ。
空を見上げれば曇天で、風一つ吹かない。
……ああ、最悪。泣きそう。
思わず立ち上がって空に向かって叫んだ。
「晴れろ! 頼むよ、陽射しか風が吹くか、どっちかだけでもいいから! このままじゃ、レトと俺の努力がぜーんぶ無駄になるッ!」
俺は焦っていた。
異世界に来たからって、天気は思い通りにならないし、魔力が使えるわけでもない。たとえ今回作った分が失敗しても、何度でも作り直すことは出来る。だけど、出発までにジードに渡したいんだ。そのためには何が何でも乾燥させなきゃならない。実を乾かすのは無理でも、スロゥとリュムのピールだけでも何とかしたい。
「もう、こうなったら魔石で風を送るようなことが出来ないか、聞いてみよう」
風を笊の下から満遍なく当て続けるだけでも違うと思うんだ。陽射しがあれば殺菌になるから、もっといいと思ったんだけど。ジードに渡せるものが作れたら、次はエリクたちにも渡したい。今回は無理でも、成功すれば次回に繋げることが出来る。
笊の中から、まだしっとりしたままの皮を指でつまんだ。その時、部屋と庭を繋いでいる扉が開いた。
「ユウ様、ご覧くださいッ!」
「へ?」
満面の笑みを浮かべたレトが庭に飛び出してくる。俺の腕を取って、ぐいぐいと部屋の中に引っ張っていく。台所のテーブルの上には、大きな白い石があった。幅が50センチ、高さが30センチくらいの大きさの長方形の白い石は、大理石のように滑らかで光沢がある。
「完成しました! これがあればすぐに、庭の果物たちも乾燥出来るはずです!」
「これ、石の塊にしか見えないんだけど。もしかして……」
……オーブン、なのか?
レトを見れば、瞳がきらきらと輝いていた。
「ユウ様が仰っていたものを、何とか形にしてほしいと魔道具開発部に依頼したんです。大至急作ってくれと毎日せっついてきたのが、ようやく形になりました」
「毎日って、レト、いつの間に……」
穏やかで物腰の柔らかいレトが人を急かす姿が想像できない。レトは、ほんのりと頬を染めて微笑んだ。
「実は開発部に伴侶がおりますので、ずっと頼み続けていたんです」
「えっ! レト、結婚してたの?」
「ええ、2年前に」
衝撃だった。まさか、レトが結婚していたなんて。
穏やかで優しくて、確かに結婚していても何も不思議じゃないけど、相手のことが少しも話題に上らなかったから独身だとばかり思っていた。
「レト、ごめん。俺、何も気づかなくて。毎日遅くまで、レシピに付き合ってもらってた」
「ユウ様、どうぞお気になさらないでください。ユウ様の挑戦は私たちにも大変刺激になりました。ご紹介しますね、私の伴侶のゼノです」
レトが振り返ると、部屋の片隅に立っていた人物が、すぐ近くまで来た。厚みのあるがっしりした体に、茶色の短い髪がツンツン立っている。驚いたことに、レトの相手は女性ではなく、逞しい男性だった。エアコンを両手に軽々と担ぎそうな人物が、俺の前で丁寧に膝を折る。
「ゼノさん、ありがとうございます。えっと、魔石……オーブン、本当に作ってくれたんですね」
「どうぞゼノとお呼びください。未知のものを作り出すのは、新たな喜びでもあります。お望みに近いものが出来たかどうか……。どうぞご確認を」
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