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18.ピールと挑戦
しおりを挟む俺はレトと一緒に、果物を前に話し合った。
こちらの世界でも果物は大切な栄養源だ。身近で手に入る甘味だから、人々は料理にもよく利用する。ただ、スイーツのような菓子にするとなると、当たり前のようにあったものを使えない状況は厳しい。砂糖だって乳製品だって、今の日本なら簡単に手に入る。でもここは、そうじゃない。考えろ、ないものよりあるものだ。
「ユウ様の世界では果物の利用法が多いのですか?」
「こっちと同じで、そのまま食べたり、ジュースや酒にする。後は焼いたり、砂糖を加えて煮たり、干したり」
……干す?
エリクの言葉を思い出した。
『果物は貴重な栄養源です。戦いが長引けば長引くほど、皆、疲弊します。食べ物の力は大きくて、もっと携帯できればいいのですが』
じいちゃんが鹿や猪を追って山に入る時に、持っていくものを聞いたことがある。食べ物は高エネルギーで、保存性が高くて持ち運びしやすいものがいい。レーズンやナッツが鞄に入っていた。魔獣に挑むのと野生の獣は違うだろうが、戦うのは人だ。
「……そうか、干せばいいんだ」
俺の高校の家政部では、バレンタインは一番の書き入れ時だ。この時期だけは注文を受けて手作りの品を販売する。
試作的に作ってみた商品の中に、驚くほど人気が高いものがあった。オレンジピールのチョコがけだ。オレンジの皮なんて捨てる場所だろ、という意見を先輩が一喝した。皮には栄養が詰まっている。ビタミン・食物繊維・カロテン。実際にはピールづくりに結構手間がかかって少量販売になったが、後々まで問い合わせが来た。
果物そのものは無理でも、干せば携帯できる。
ドライフルーツなら、保存の為に大量の魔石はいらない。でも、今から作るには時間が足りないだろうか。
チョコはない、砂糖もない。でも、花の蜜はある。
「レト、俺、作ってみたいものがあるんだ」
レトに、ドライフルーツの説明をした。ああ、それならと公爵家のレシピの中から一つを見せてくれた。干した果物を戻して水と酒と花の蜜につけた記述がある。
ただ、この国は温暖で湿度が高い。果物を干すとうまく乾かずに黴たり腐ったりするので、北部で保存用として作られたものを取り寄せたとある。日に干すなら、暖かくて湿度の高い場所よりも寒暖の差があって乾燥した場所の方がいい。
……ドライフルーツを市場で見かけなかったのは腐るからだったのか。
水分が多すぎるものは生で食べた方がいいし、水分が少ないものは硬くなりすぎたら食べられない。乾かしても、元の味は残るのだろうか。今ある果物の中で、たくさんあるものはスロゥと、居酒屋でもらったリュムだった。スロゥは水気たっぷりでリュムは酸味がたっぷり。
「……中身がだめなら、皮はどうだろう」
「試してみましょうか」
俺とレトは、部屋の中の小さな台所で、片端から残った果物の皮を剥いた。
剥いた実は、薄く切って並べて、日に干す。
皮は、オレンジピールを作るのと同じ方法でやってみた。三回ほどゆでこぼしたものを細く切る。鍋に切った皮と花の蜜と水を入れて煮詰めた。何回もゆでこぼしたスロゥの皮はあんなにギラギラしていたのに、やや色が落ちて、きらきら、位になった。リュムの皮も、少し明るい緑に落ち着いた。ちょっと、ジードの瞳の色を思い出す。
蜜が絡んだ皮を大きな笊に並べて、干す。
問題は時間だった。乾かなければ間に合わない。
「電子レンジ、いや、オーブンか。早く乾燥できるものがあれば……」
「ちょっと待ってくださいね! 何とかなるかもしれません」
レトが嬉々として、部屋を出て行った。
俺は目の前に並んだ薄切りの果物たちを眺める。
これが無事に出来上がったら、ジードは食べてくれるだろうか。
高1の時の話だ。バレンタインの少し前に、俺は好きな人にチョコレートケーキを渡した。好きだとも言えず、ただ食べてほしいと焼いたケーキを無理やり押し付けた。
『ケーキ、すごく美味しかった。……みんなで食べさせてもらった。おかげですごくやる気が湧いたし、皆のデザインも増えたんだ』
『……お前の気持ちはさ、伝わらなかったかもしれないけど。お前のケーキで美術部は頑張れたんだよ』
優しいあの人は喜んでくれた。あの人の為に焼いたケーキは、部員みんなの為に焼いたと勘違いされたけれど、それでも誰かの役に立った。
「……今度こそ、ちゃんと言おう」
ジードに伝えよう。
これは、お前の為に作ったんだ。だから、どうか食べてほしいと。
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