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13.胸の奥の痛み
しおりを挟む碧の瞳と確かに目が合った。でも、俺はその瞳からすぐに目を逸らした。気がつかなかった振りをして、傍らのレトに話しかける。
「レト、王宮に帰ろう」
「ユウ様?」
「今日はもう十分だよ。──エリク!」
俺は、辺りに聞こえるように声を張り上げた。騎士たちと話していたエリクは、すぐに走って戻ってくる。
「お待たせして申し訳ありません、ユウ様」
「ごめん、エリク。まだ時間かかる? ちょっとびっくりして……。もう王宮に戻りたいんだ」
「承知しました。後は団の者たちが片付けますので問題ありません」
エリクが驚かせたことを詫びてくれる。俺は素直に頷いて、歩き出した。
第一騎士団の騎士たちが、集まった人々に解散するよう大声で告げていた。揉めあう声が響いている。
「ユウ!」
もう一度、名を呼ばれたような気がした。それでも、俺はもう振り向かなかった。
「エリク、今日は本当にありがとう。出かける時は、また頼んでもいい?」
「いつでもお申しつけください。すぐに参ります」
王宮に送り届けてもらった礼を言えば、穏やかな笑顔が返ってきた。眩しいような切ないような気持ちがよみがえる。
昼を少し回ったところだったけれど、少しも食欲はわかない。レトに、午後の勉強は休んで眠りたいと言えば、すぐに了承された。
「もちろんですよ。外でお疲れになったでしょう。食堂で簡単に食べられるものを作ってもらいます」
「ありがとう、レト。頼みがあるんだ」
「何です?」
「ゆっくり寝たいから、食事は部屋のテーブルに置いといてくれる? 後はもう全部、明日にする!」
笑顔で言えば、レトは眉を下げて微笑んだ。
今日購入したものを片付けておきますね、と言われてほっとする。寝室の扉を閉めた途端、力が抜けた。
「……ッ」
ベッドまでなんとか歩いて行って、体を投げ出す。市場で見たジードの姿が、頭から離れない。
……何だよ。好きな人、いたんだ。教えてくれればいいのに。許嫁って、すごいな。聞いたことねーよ。さすが貴族。
いつも魔獣倒す話ばっかりしてたけど、プレゼント選んだりもするんだな。ちゃんと女の人を守って、本当に騎士!って感じだった。こっちの女の人って俺より強そうって思ってたけど、あんなに華奢な人もいるんだな。
『ユウは細いからな。もっと食べないと……』
──……ああ、そうか。
やけに心配してくれると思ったけど、そういうことだったんだ。
あれは、俺だけを心配してたわけじゃない。俺とあの人、あんまり変わらない体型だったもんな。
「あーあ。俺って、ほんと……。ダメだ……」
相手が言わないからって、気がつかないことばっかりだ。
ジードがずっと親切にしてくれてたから勘違いしてた。こっちの人は皆、俺よりデカいし異世界人を大事にしてくれる。すっかり甘えて、自分が守られるのが当たり前になってた。
ジードは、騎士だ。魔獣に襲われたやつがいたら助けるし、気にかけもする。俺が特別なわけじゃない。それに、やっぱり騎士はお姫様を守るのが似合ってる。
『……第三騎士団が辺境に行く前に、共に過ごす時間を取ったのでしょう』
エリクの言葉が、耳の奥に響く。あんなに忙しそうなのに、許嫁とは休みを取ってまで会ってるんだもんな。二人とも、すごく楽しそうだった。
「ジードに頼ってばかりじゃだめだ……」
そう呟いた途端、ずきん、と胸の奥が痛んだ。
──何なんだよ、これ。……何でこんなに、ずきずきするんだよ。
目が覚めた時には、夜になっていた。
思ったよりもずっと、ぐっすり眠っていたみたいだ。起き上がるとぐーっと腹が鳴った。何があっても、腹は減る。寝室の隣の部屋に行くと、テーブルの上に皿が置いてあった。パンに肉をこんがり焼いたものとピクルスみたいな野菜が入っている。お茶も添えられていた。そして、コップには小さな花。家で母親が時々飾っていたのを思い出す。
『花って、いいものよ。元気をくれるの。──ああ、自分は元気がなかったんだなって、逆に教えてくれるのよ』
家で聞いた時は、ふーん、って思っただけだったけど。
パンにがぶりとかぶりつけば、目の端で白い花が揺れる。見ていると段々、心の痛みが解れていく気がした。
異世界に来て、母親の言葉を噛み締めるなんて思わなかった。
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