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11.祖父の思い出
しおりを挟む王都では週に一度、市が立つ。
朝早くから中央広場に様々な品物が並ぶと聞いて、行ってみたいとレトに頼んだ。
「かまいませんが、異世界人のユウ様が王宮から外出なさるなら、騎士の護衛が必要です。ジード様に頼みましょうか?」
「いや、第三騎士団はもうすぐ辺境に向かうから、ジードはすごく忙しそうなんだ。いつも世話になってるし、こっちの都合で振り回すのは悪いと思う……」
ジードの名を聞いて、俺の胃はちくりと痛む。
スフェンの招待を受けてから、俺たちの間には何となく気まずい雰囲気が漂っていた。ジードは相変わらず一緒に昼食を食べるために騎士棟から通ってくるし、普通に話もする。それでも、なんとなく公爵家での話は、二人とも話題から避けていた。
──何がいけなかったんだろう。気づかないうちにジードの気に障ることをしたんだろうか。
スフェンからの別れ際のキスが一瞬頭に浮かんだけれど、あれは挨拶だ。ジードが特に気を悪くする理由も見当たらない。
あれこれ考えるほど、ちくちくと痛みが増す。
「……様、ユウ様?」
「え、あ、ごめん!」
「大丈夫ですか? ちょっとお疲れではありませんか?」
「そんなことないよ。レトのおかげで解読できたレシピも増えたし、市場で色々見てみたいんだ」
レトは俺の顔をじっと覗き込んだ。
「ご心配なことがあったらいつでも仰ってくださいね。市場への外出は他の騎士団から騎士をつけてもらいましょう」
「うん、お願いします」
辺境に向かうまであと2週間となったジードは、本当に忙しそうだった。
昼食も毎日一緒だったのが二日に一度に減って、話せる時間も少ない。
「今度はどのくらいの期間?」
「3か月。南部で急速に魔獣が増えているらしい」
魔獣も一気に繁殖する時があって、増えすぎれば自らの居住区域を滅ぼし、人の街を襲う。魔獣の棲む世界も均衡がとれていれば、簡単には人を襲ってはこないらしい。
「前に俺を襲った奴は、王都にはいない生き物なんだよね?」
「あれはルノルワと言って、北部の湿地帯に棲む魔獣だ。陽射しが苦手だから、本来は昼間に現れることもない。たまたま揺れに巻き込まれて出てきたんだろうな」
「……ジードはさ、どうして第三騎士団を希望したの?」
貴族出身の騎士たちは、大抵は王族を守る近衛か、王都を守る第一騎士団を希望する。危険性の高い辺境専門の第三騎士団を希望する者はほとんどいないと聞いた。
「貴族学校で、俺は少々浮いていたんだ」
ジードは、ぽつぽつと話してくれた。
祖父が冒険家気質のある男で、若い時は世界の各地を旅していた。三男だからと気楽に暮らしていたら、兄たちが次々に流行り病にかかって亡くなり、嫌々家督を継ぐ羽目になった。
「祖父は後を継ぐのが本当に辛かったらしくて、自分の部屋にたくさんの旅土産を置いていた。魔獣の骨だの剥製だの、異民族の石板だの。珍しい魔石の原石もあった。孫の中で、その部屋に入ったのは俺だけ。祖父の話を聞くのが好きだったし、貴族社会に生きるよりも、魔獣たちと体を張って戦ってみたかった」
……ジードが第三騎士団を希望したのは、祖父の影響だったのか。
俺も母方の祖父が好きだったから、なんとなくわかる。じいちゃんは狩猟免許を持っていて、山で増えすぎた鹿や猪をよく仕留めていた。冬は鍋を作ってくれたし、俺はじいちゃんの話を聞きたくて、長い休みになると一人でじいちゃんの家に向かった。そんな話をすると、ジードは目を輝かせた。
「ユウの世界でも、祖父殿は人々を守るために戦っておられたんだな」
「……いや、そこまですごい話ではないと思うけども」
祖父も地域の為に頑張っていたとは思うが、流石に魔獣と戦うレベルではないだろう。
市場に向かう日、レトが俺に一人の騎士を紹介した。
「第一騎士団第一部隊所属、エリク・ザウアーです。本日はユウ様の護衛を仰せつかり、光栄の極みです」
綺麗な敬礼に、俺は思わず口を開けてしまった。この世界に来て、黒髪に黒い瞳の騎士を見たのは初めてだった。体格も顔立ちも全然違うのに、なんだか身近に感じてしまう。特に瞳を見て、誰かに似ていると思った。……ああ、そうか。長い睫毛に縁どられた、つり目気味の大きな瞳は、懐かしい人を思い出す。
「今日は、わざわざありがとうございます。俺のことはユウと呼んでください。俺も、エリクと呼んでいいですか?」
「はい、ユウ様! 感激です。誠心誠意、務めさせていただきます!」
俺たちは早速、市場に向かった。
エリクは王都を警備する部隊の所属だから、市場は庭のようなものだった。俺の希望を聞き、レトと一緒に安全な経路を事前に考えてくれていた。
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