上 下
12 / 90

11.祖父の思い出

しおりを挟む
 
 王都では週に一度、市が立つ。
 朝早くから中央広場に様々な品物が並ぶと聞いて、行ってみたいとレトに頼んだ。

「かまいませんが、異世界人のユウ様が王宮から外出なさるなら、騎士の護衛が必要です。ジード様に頼みましょうか?」
「いや、第三騎士団はもうすぐ辺境に向かうから、ジードはすごく忙しそうなんだ。いつも世話になってるし、こっちの都合で振り回すのは悪いと思う……」

 ジードの名を聞いて、俺の胃はちくりと痛む。
 スフェンの招待を受けてから、俺たちの間には何となく気まずい雰囲気が漂っていた。ジードは相変わらず一緒に昼食を食べるために騎士棟から通ってくるし、普通に話もする。それでも、なんとなく公爵家での話は、二人とも話題から避けていた。

 ──何がいけなかったんだろう。気づかないうちにジードの気に障ることをしたんだろうか。
 スフェンからの別れ際のキスが一瞬頭に浮かんだけれど、あれは挨拶だ。ジードが特に気を悪くする理由も見当たらない。

 あれこれ考えるほど、ちくちくと痛みが増す。

「……様、ユウ様?」
「え、あ、ごめん!」
「大丈夫ですか? ちょっとお疲れではありませんか?」
「そんなことないよ。レトのおかげで解読できたレシピも増えたし、市場で色々見てみたいんだ」

 レトは俺の顔をじっと覗き込んだ。

「ご心配なことがあったらいつでも仰ってくださいね。市場への外出は他の騎士団から騎士をつけてもらいましょう」
「うん、お願いします」



 辺境に向かうまであと2週間となったジードは、本当に忙しそうだった。
 昼食も毎日一緒だったのが二日に一度に減って、話せる時間も少ない。

「今度はどのくらいの期間?」
「3か月。南部で急速に魔獣が増えているらしい」

 魔獣も一気に繁殖する時があって、増えすぎれば自らの居住区域を滅ぼし、人の街を襲う。魔獣の棲む世界も均衡がとれていれば、簡単には人を襲ってはこないらしい。

「前に俺を襲った奴は、王都にはいない生き物なんだよね?」
「あれはルノルワと言って、北部の湿地帯に棲む魔獣だ。陽射しが苦手だから、本来は昼間に現れることもない。たまたまに巻き込まれて出てきたんだろうな」
「……ジードはさ、どうして第三騎士団を希望したの?」

 貴族出身の騎士たちは、大抵は王族を守る近衛か、王都を守る第一騎士団を希望する。危険性の高い辺境専門の第三騎士団を希望する者はほとんどいないと聞いた。

「貴族学校で、俺は少々浮いていたんだ」

 ジードは、ぽつぽつと話してくれた。
 祖父が冒険家気質のある男で、若い時は世界の各地を旅していた。三男だからと気楽に暮らしていたら、兄たちが次々に流行り病にかかって亡くなり、嫌々家督を継ぐ羽目になった。

「祖父は後を継ぐのが本当に辛かったらしくて、自分の部屋にたくさんの旅土産を置いていた。魔獣の骨だの剥製だの、異民族の石板だの。珍しい魔石の原石もあった。孫の中で、その部屋に入ったのは俺だけ。祖父の話を聞くのが好きだったし、貴族社会に生きるよりも、魔獣たちと体を張って戦ってみたかった」

 ……ジードが第三騎士団を希望したのは、祖父の影響だったのか。

 俺も母方の祖父が好きだったから、なんとなくわかる。じいちゃんは狩猟免許を持っていて、山で増えすぎた鹿や猪をよく仕留めていた。冬は鍋を作ってくれたし、俺はじいちゃんの話を聞きたくて、長い休みになると一人でじいちゃんの家に向かった。そんな話をすると、ジードは目を輝かせた。

「ユウの世界でも、祖父殿は人々を守るために戦っておられたんだな」
「……いや、そこまですごい話ではないと思うけども」

 祖父も地域の為に頑張っていたとは思うが、流石に魔獣と戦うレベルではないだろう。



 市場に向かう日、レトが俺に一人の騎士を紹介した。

「第一騎士団第一部隊所属、エリク・ザウアーです。本日はユウ様の護衛を仰せつかり、光栄の極みです」

 綺麗な敬礼に、俺は思わず口を開けてしまった。この世界に来て、黒髪に黒い瞳の騎士を見たのは初めてだった。体格も顔立ちも全然違うのに、なんだか身近に感じてしまう。特に瞳を見て、誰かに似ていると思った。……ああ、そうか。長い睫毛に縁どられた、つり目気味の大きな瞳は、懐かしい人を思い出す。

「今日は、わざわざありがとうございます。俺のことはユウと呼んでください。俺も、エリクと呼んでいいですか?」
「はい、ユウ様! 感激です。誠心誠意、務めさせていただきます!」

 俺たちは早速、市場に向かった。
 エリクは王都を警備する部隊の所属だから、市場は庭のようなものだった。俺の希望を聞き、レトと一緒に安全な経路を事前に考えてくれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】糸と会う〜異世界転移したら獣人に溺愛された俺のお話

匠野ワカ
BL
日本画家を目指していた清野優希はある冬の日、海に身を投じた。 目覚めた時は見知らぬ砂漠。――異世界だった。 獣人、魔法使い、魔人、精霊、あらゆる種類の生き物がアーキュス神の慈悲のもと暮らすオアシス。 年間10人ほどの地球人がこぼれ落ちてくるらしい。 親切な獣人に助けられ、連れて行かれた地球人保護施設で渡されたのは、いまいち使えない魔法の本で――!? 言葉の通じない異世界で、本と赤ペンを握りしめ、二度目の人生を始めます。 入水自殺スタートですが、異世界で大切にされて愛されて、いっぱい幸せになるお話です。 胸キュン、ちょっと泣けて、ハッピーエンド。 本編、完結しました!! 小話番外編を投稿しました!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

見せしめ王子監禁調教日誌

ミツミチ
BL
敵国につかまった王子様がなぶられる話。 徐々に王×王子に成る

人に好かれない僕が獣人の国に転移したらおかしいくらいモテた話

清田いい鳥
BL
急行の最終駅は、見知らぬ街だった。 「ちょっとあんた! こんな暗い時間にひとりでどうしたの。お母さんは? お父さんは?」 「えっ!? いやっ、さすがに僕、大人です……」 幼少期から人に好かれない、というより関心を持たれない。寄ってくるのは動物だけ。常に人の輪の外側で生きていた男が、突然異国へ強制移住。ネズミのおばちゃんに助けられ、ウマ息子にマーキングされ、ホームシックにメソメソしながら特に望んでいない美少女扱い(13)を受け、獣人どころか魔獣にまでナンパされまくる謎の寵愛を受けながら自立し、その土地に根付いていくまでのお話です。 異世界転移ってのは、本当はもっと事が深刻だと思うんですよね。その辺の心情を書いてみました。なーんてな。合法ショタが書きたかっただけですわ。

異世界転移した男子高校生だけど、騎士団長と王子に溺愛されて板挟みになってます

彩月野生
BL
陰キャ男子高校生のシンヤは、寝て起きたら異世界の騎士団長の寝台に寝ていた。 騎士団長ブライアンに求婚され、強制的に妻にされてしまったが、ある日王太子が訪ねて来て、秘密の交流が始まり……騎士団長と王子の執着と溺愛にシンヤは翻弄される。ダークエルフの王にまで好かれて、嫉妬に狂った二人にさらにとろとろに愛されるように。 後に男性妊娠、出産展開がありますのでご注意を。 ※が性描写あり。 (誤字脱字報告には返信しておりませんご了承下さい)

【完結】巨人族に二人ががりで溺愛されている俺は淫乱天使さまらしいです

浅葱
BL
異世界に召喚された社会人が、二人の巨人族に買われてどろどろに愛される物語です。 愛とかわいいエロが満載。 男しかいない世界にトリップした俺。それから五年、その世界で俺は冒険者として身を立てていた。パーティーメンバーにも恵まれ、順風満帆だと思われたが、その関係は三十歳の誕生日に激変する。俺がまだ童貞だと知ったパーティーメンバーは、あろうことか俺を奴隷商人に売ったのだった。 この世界では30歳まで童貞だと、男たちに抱かれなければ死んでしまう存在「天使」に変わってしまうのだという。 失意の内に売られた先で巨人族に抱かれ、その巨人族に買い取られた後は毎日二人の巨人族に溺愛される。 そんな生活の中、初恋の人に出会ったことで俺は気力を取り戻した。 エロテクを学ぶ為に巨人族たちを心から受け入れる俺。 そんな大きいの入んない! って思うのに抱かれたらめちゃくちゃ気持ちいい。 体格差のある3P/二輪挿しが基本です(ぉぃ)/二輪挿しではなくても巨根でヤられます。 乳首責め、尿道責め、結腸責め、複数Hあり。巨人族以外にも抱かれます。(触手族混血等) 一部かなり最後の方でリバありでふ。 ハッピーエンド保証。 「冴えないサラリーマンの僕が異世界トリップしたら王様に!?」「イケメンだけど短小な俺が異世界に召喚されたら」のスピンオフですが、読まなくてもお楽しみいただけます。 天使さまの生態についてfujossyに設定を載せています。 「天使さまの愛で方」https://fujossy.jp/books/17868

童貞が尊ばれる獣人の異世界に召喚されて聖神扱いで神殿に祀られたけど、寝てる間にHなイタズラをされて困ってます。

篠崎笙
BL
四十歳童貞、売れない漫画家だった和久井智紀。流されていた猫を助け、川で転んで溺れ死んだ……はずが、聖神として異世界に召喚された。そこは獣の国で、獣王ヴァルラムのツガイと見込まれた智紀は、寝ている間に身体を慣らされてしまう。 

【BL】完結「異世界に転移したら溺愛された。自分の事を唯一嫌っている人を好きになってしまったぼく」

まほりろ
BL
【完結済み、約60,000文字、全32話】 主人公のハルトはある日気がつくと異世界に転移していた。運良くたどり着いた村で第一村人に話しかけてたら求愛され襲われそうになる。その人から逃げたらまた別の人に求愛され襲われそうになり、それを繰り返しているうちに半裸にされ、体格の良い男に森の中で押し倒されていた。処女喪失の危機を感じたハルトを助けてくれたのは、青い髪の美少年。その少年だけはハルトに興味がないようで。異世界に来てから変態に襲われ続けたハルトは少年の冷たい態度が心地良く、少年を好きになってしまう。 主人公はモブに日常的に襲われますが未遂です。本番は本命としかありません。 攻めは最初主人公に興味がありませんが、徐々に主人公にやさしくなり、最後は主人公を溺愛します。 男性妊娠、男性出産。美少年×普通、魔法使い×神子、ツンデレ×誘い受け、ツン九割のツンデレ、一穴一棒、ハッピーエンド。 性的な描写あり→*、性行為してます→***。 他サイトにも投稿してます。過去作を転載しました。 「Copyright(C)2020-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

処理中です...