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10.砂糖の代わり
しおりを挟む「すごい……。どれも美味しい」
「光栄だ。料理人に伝えておこう」
ぱくぱくと食べる俺を見て、ジードはとても嬉しそうだ。そうか、いつもたくさん食べろって言ってるからな。これもジードが隣にいてくれるおかげだ。料理を次々に平らげると、きれいに皮を剥かれた小さな果実が出された。一口食べて、はっとする。
──甘い。
「スフェン! こ、これ、すごく甘い」
「ああ、それはロワグロの実だ。今日の為に取り寄せた」
「……よく手に入ったな。こんなに甘いロワグロは初めてだ」
白くつるりとした実は瑞々しくて、まるで、砂糖を舐めたような甘さだ。こちらに来てから、砂糖のようにはっきりした甘さのものを食べたことがないから、より甘みを強く感じる。
「こんな果実があるなら、砂糖の代わりになるかもしれない」
「ユウ、これはすごく珍しい果樹の実なんだ。しかも大層出来がいい。公爵家だから手に入るような品だ」
「じゃあ、気軽には手に入らないのか」
期待で膨らんだ心が、一瞬でしぼむ。
「ユウの言う『砂糖』とは、どんなものなんだ?」
スフェンが興味津々といった顔で聞いてくる。俺は必死で説明した。植物からとれたもので保存性が高く、様々な料理に使われていることを。
「俺の世界では、今みたいな食事の最後には、果実や砂糖を使った甘い料理が出てくる。それを食べると、みんな幸せな気持ちになるんだ」
黙って聞いていたジードが、眉を顰めながら口を開いた。
「一つだけ、ユウの言う『砂糖』に近いものに心当たりがある。このロワグロよりもさらに甘い」
「えっ、どんなの?」
この世界には、他にも砂糖に近いものがあるのか?
俺の真剣な目に、ジードは頷いた。
「魔獣の中に、巨大植物の形状で甘い香りを放ち、近づけば体液を放って獲物を捕らえるものがいる。核を潰すと死んで硬質化するが、死骸には脳が痺れるほどの甘さがある」
「そ、それ、食べても平気なやつ?」
「死んでいれば問題ない。うまく死骸が手に入れば、かなりの高値で取引されているからな。ただ、南部の魔林にしか存在しないし、死骸は滅多に手に入らない」
「なんで?」
「あっという間に他の魔獣に食い尽くされるからだ」
思わず、ひっ!と声が出た。
魔獣にはここに来た時にしか会っていないけれど、あんなのがぞろぞろ寄ってくるなんて。
「……いい。他の方法を探す」
スイーツへの道は、なんて遠くて険しいんだ。
お腹いっぱい料理を食べた後は、特別に厨房に入らせてもらった。
公爵家の料理人たちに礼を言うと、みんな驚いて目を見開いている。こちらでは、主人の客が料理人に直接声をかけることは、滅多にないらしい。
スフェンは約束通り、夕食に使った材料を見せるよう、料理人に指示を出した。
大半はよくわからない食材だったが、市場で簡単に手に入るものを教えてもらった。
穀物は多く栽培されているから安価だし、果実もロワグロは無理だが、今の時期に出回っている種類がたくさんある。
レトに解読してもらったレシピからいくつか質問すると、料理人たちは真剣に答えてくれた。帰りの馬車に乗るまで、俺はずっと興奮し続けだった。
「スフェン、本当にありがとう! 今度、何か礼をするから」
「どういたしまして。……じゃあ、今がいいな。遠慮なくもらってもいいかな?」
「今? 俺にできることなら」
スフェンは、聞くが早いか、俺の顎に手をかけた。顔が近づいたかと思うと、唇に一瞬、柔らかなものが触れる。びっくりしているうちに、スフェンはさっと体を離した。いつのまにかジードが俺の前に出て、分厚い壁になっている。
「おっと、これはユウからの申し出だからな」
スフェンはジードと目を合わせずに、満面の笑顔で俺を見た。
「おやすみ、ユウ。今夜はいい夜だった」
「あ、うん。……おやすみ」
帰りの馬車の中は、とてもとても静かだった。
「こっちの習慣には、なかなか慣れないな」
「……」
ぽつりと呟いた俺の言葉に答えはない。ジードの機嫌はいつまでも、超絶に悪いままだった。
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