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8.琥珀のピアス

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「ジードにはあんなこと言ったけど、冷蔵庫とオーブンが欲しいよ……」
「ユウ様。先日から仰っているそれですが、魔石で冷却と過熱ならできますよ!」
「温度が大事なんだ。どちらも、一定に保ちたい」
「固定もできるかと思いますが、魔石を使った道具をお求めなら担当部署に聞いたほうがいいですね」

 レトは、俺の言葉を手元に幾つも書きつけた。文字の翻訳だけでなく、話を聞いて次々に必要なことをまとめてくれる。とても優秀な人だとわかるのに、俺にずっと付き合ってもらっていてもいいんだろうか。

「レト、本当は俺、もっと違うことを勉強した方がいいのかな」
「いいえ、そんなことはありません。ユウ様の目標は明確ですし、先々に繋がると判断しています。客人の中には将来を思い描けないまま、儚くなった方もいます。ユウ様は、こちらでの暮らしを考えてくださっているでしょう?」
「うん。だって、折角ジードに命を助けてもらったんだし。生きてれば、いつか運よく帰れるかもしれないし」
「そうそう、その意気ですよ! ああ、もうすぐ、約束のお時間ですね?」

 そうだ、今日は公爵令息のスフェンと夕食を約束した日だった。王都の公爵家の屋敷にはジードと一緒に行くことになっている。

 俺は慌てて支度をした。レトのアドバイスで、絹のシャツに上下揃いの華やかな花の刺繍が入った服を着る。耳には琥珀のピアスだ。
 元の世界では耳に穴を幾つも開けて、髪も金色に染めていた。姉が美容師で好きにさせていただけだが、今は色が抜けて、すっかり黒髪に戻ってしまった。瞳だけは昔から明るい茶が入ったままだけど。瞳を見て、琥珀のようだと言ったのはジードだった。

 支度をした俺を、レトがため息をついて見つめた。

「よくお似合いです。特にその琥珀は見事ですね」
「この間、誕生日だったって言ったら、ジードがくれた。気い遣わせて悪かったよな」

 レトが何か言いかけた時に、扉がコンコンと鳴った。

 目の前に立つジードは、騎士の礼装を身に着けていた。体にぴしっと合った黒の上下は筋肉質な体を見事に浮き上がらせ、金髪は後ろに流している。

「うっわ、カッコいい!」
「ユ、ユウこそ」
「ああ、派手だよなー、こっちの服って。今まではどこに行くにも制服だったけど、レトが用意してくれたんだ。この琥珀もさ、初めてつけたんだけど、どうかな? ジード?」

 騎士は目を瞠り、なぜか耳の先まで真っ赤になっていた。



 公爵家の屋敷に着くと、スフェンが玄関に出迎えてくれた。美しく整えられた庭も豪華な屋敷も、まるで映画の世界のようだ。

「ようこそ、ユウ! ジード、君も一緒とは嬉しい限りだ」
「こちらこそ、貴殿の厚情に心から感謝する。……だが、少しは言葉に合った顔をした方がいいぞ、スフェン」
「その言葉を、そっくりそのまま君に返したいな、ジード。今にも噛みつきそうな顔をしているぞ。最近は、ユウの行く場所には必ず君がついてくると評判だ」

 玄関前で、二人は微妙な空気を醸し出している。
 たしか貴族学校の同級生だって聞いてたけど、あんまり仲は良くなかったのかな。

「スフェン、今日は招待してくれてありがとう。楽しみにしてたんだ」
「ユウ! ああ、その華やかなコートはすごくよく似合ってる。ユウの愛らしい顔立ちや繊細さを引き立てているね」

 今日も勘違いだらけの発言が、いっそ清々しいな。俺の手を取ろうとしたスフェンとの間に、すかさずジードが入ってくれた。

「ユウ? ……その、耳の琥珀は?」
「ああ、ジードが誕生日のプレゼントにくれたんだ」

 そう言った瞬間、スフェンは眉を寄せて唇を噛み締めた。

「まさか、本気だったとは……」
「本気?」
「ユウ、何も聞いていないのか? それは……」
「スフェン!」

 ジードの他を圧するような低い声に、スフェンは黙った。

「琥珀は……。ユウの誕生祝に贈ったものだ。それだけだ」

 琥珀のピアスがどんな意味になるのか、この時の俺は、全く何もわかってはいなかった。
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