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7.騎士の心配

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「ジード! 待って」

 ジードのこんな顔は見たことがない。掴まれた手は痛いし、歩くのも早い。ほとんど走っているのと変わらなかった。

 その時、俺は初めて気がついた。
 ジードは騎士で、身体能力は俺とは比べものにならない。今まではずっと、俺に合わせて歩いてくれていたんだってことに。本当はもっとずっと足が早いし、歩幅も大きい。
 俺はジードの速度についていけず、足がもつれて転びそうになった。

 あっと思った瞬間、体がふわりと軽くなる。

 俺はジードの腕の中に、軽々と抱き上げられていた。
 わずかに眉を寄せて息をつくイケメンは、ほれぼれするほどカッコいい。でも、このシチュはだめだ。これは、いわゆるお姫様抱っこってやつだ。俺の中の何かが死ぬ。

「あ、ありがと」
「すまない……、驚かせた」

 ジードは俺の体を地に下ろした。顔を上げれば、ジードの表情は硬い。

「俺、よくわかんないまま騎士棟に行ったけど、まずかったんだな」
「……」
「昨日のお礼を言いたかっただけなんだ。ジードが来てくれるまで待っていられなくてさ。あのさ、昨日はすごく嬉しかった」

 顔を上げると、ジードの青みがかった緑の瞳が真っ直ぐに俺を見ている。 

「気がついたんだ。やっぱり俺、焦ってた。いつのまにか、自分のやり方を通そうとしてたんだと思う。元の世界のプリンを作るんじゃなくて、この世界の身近なもので、プリンみたいに美味いスイーツを考えればよかった。失敗したやつ、たくさん食べてくれてありがとう」

 ジードは一瞬何か言いかけたが、右手を顔に当てたまま、しばらく動かなかった。その後、深呼吸をして俺の顔を見た。

「ユウは、十分頑張っている。望んでここに来たわけでもないのに、他人への感謝を忘れず、新たなものに挑戦している。懸命に生きようとしている姿が、俺は……いいと、思う」
「ジード」 
「俺は、ユウが心配だ。そんなに頑張らなくていいし、もっと俺を……、頼ってほしい」

 ものすごく、感動した。俺の人生の中でこんなに心のこもった言葉を聞いたことがあっただろうか。
 じっと見つめていたら、ジードが目を逸らした。

「騎士は結構、気が荒い奴が多いんだ。異世界人だなんて聞いたら、余計な興味を示すかもしれない。用心してほしい」
「そうか。俺、こっちでは小柄だし、絡まれても反撃できないもんな」
「そうだ! そんな細くて華奢な体で目を付けられたらひとたまりもない!」
「うん? まあ、ちょっと押されただけで転がりそうだな⋯⋯」
「……押し倒される可能性は、十分ある」

 どんどんジードの表情が険しくなる。
 心配してくれてるんだな。騎士も色々なんだろうけど、ジードは人情に厚い方だと思う。

「わかった、今度から騎士棟に気軽に行くのはやめる」
「そうしてくれ、気が気じゃない」

 俺が頷くと、ジードは安心したように、にっこり笑った。



 プリンの失敗から、俺は作りたいものよりも、作れるものを真剣に考え始めた。

『いいか。あきらめないことと同じぐらい大事なことがある。限られた時間の中で、出来ないことは出来ないと、すっぱりあきらめることだ』

 竹を割ったような性格の、家政部の先輩の言葉を思い出す。ずばずば物を言うけれど、面倒見のいい人だった。あの日の言葉が、今ではとてもよくわかる。
 料理本の解読が進むにつれ、元の世界の暮らしのありがたさを痛感した。
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