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5.プリンと失敗
しおりを挟む公爵家の料理本を見るうちに、手始めにプリンを作ってはどうかと考えた。
こちらでも卵と動物の乳を料理に使うと知って、何とかできそうだと思ったのだ。特別に王宮の厨房を借りて、料理人も協力を頼んで、俺は異世界で初めてのスイーツに挑戦することにした。
昼食時に話すと、よほど心配だったのか、ジードもやってきた。王都にいる間も第三騎士団は訓練があるはずだが、こんなところにいていいんだろうか。
「これ、大きすぎない? 色もすごい」
「この大きさが標準です。これ以上小さいのは、手に入れるのが難しいですね」
レトの言葉に、ジードも頷く。
俺は目の前の卵を見た。欲しかったのは鶏卵の大きさだが、目の前に何個も並んでいるのはダチョウの卵ぐらいだ。長さが20センチで、殻の色は青紫。
「こっちの人は体格がいいから、食材までデカいのか?」
「ユウは体が細いからな。いつも少ししか食べないだろう?」
「いや、そんなことないから! 俺たちの世界では、こっちみたいに皆、体が大きくないんだ。俺は十分食べてるし!」
ジードは頷きながらも、どこか心配そうだ。昼食のたびにもっと食べろと言ってきたのは、心配からだったのか。わかりあうって難しい。
向こうでプリンは散々作ったから、レシピは頭に入っている。問題は、こちらの材料で出来るのかどうかだ。記録は全てレトがとってくれる。
厨房の人々に作り方を説明すると、ジードは自分も手伝うと言った。
「じゃあ、まずは卵だな。俺が刃を入れよう」
ジードの言葉に、料理人が持ってきたのは細長いのこぎり状の刃物だ。
「……なに、それ」
「殻を切らないといけないからな」
「切るの? 割るんじゃなくて?」
「割るのは無理だ。どこでも卵は切るものだ」
料理人が卵をしっかりと支え、ジードが殻の上部に触れている。何でも、殻を切る位置を間違えると、ひどくまずいものになるらしい。ジードが刃を入れる位置を定めたかと思うと、光が一閃して上部の殻があっという間に切り落とされた。
料理人たちが感嘆の声をあげ、とろりとした中身を巨大ボウルのような桶に入れる。黄身は、黄色じゃなくて鮮やかな青。そして、少しだけ味見をしたら、ものすごく淡泊な味わいだった。
「ユウ様。こちらがサグの乳です」
サグというのは、こちらでたくさん飼われている動物で、主に乳を搾るのだという。初めて見たサグの乳は卵とは逆に、ものすごく濃厚だった。乳脂肪分たっぷりの生クリームだけって感じ。
そして、こちらの世界には砂糖がない。甘みの中で一番強いのは花の蜜で、他には樹液や果汁を煮詰めることが多い。今回は花の蜜を使うことにした。材料を混ぜ合わせ、少しずつ味を調整して器に入れる。オーブンはないから、大きな鍋に器と水を入れて、まずは蒸してみた。
「……プリンじゃ、ない」
惨敗、と言う言葉が浮かんだ。
うまく火が通らなかったり、逆に固まりすぎたり、配合を変えて何回もやってみた。それでも、プリンとは違うものしかできない。砂糖がないからカラメルを作れないのもつらい。
目の前には水色の茶碗蒸しみたいな食べ物がいくつも並んでいる。やはり卵の味が薄くて甘みの感じも違う。
何よりも、見た目だ。視覚って大事なんだな。水色ってだけで俺の中ではプリンじゃなかった。
「ユウ様、何でも一度で出来るわけじゃありませんよ。材料も違いますし」
「これはこれで、味わい深いと思うぞ」
「うん。……ありがと」
レトとジードが慰めてくれる。俺は、二人と厨房の料理人たちに礼を言った。貴重な時間と材料を使ってくれたことに感謝して、またお願いしますと頭を下げた。
「俺の世界の食べ物にはならなかったけど、どうしたらいいか、一から考えます。失敗した分は俺の食事にするので、持って帰っていいですか?」
そう言うと、皆、ぽかんとした顔をしている。通常、厨房から出た失敗作や残飯は家畜の餌にする。俺は形になっているものを厨房にあった籠に詰めた。
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