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4.スイーツを作りたい
しおりを挟む「それじゃあ、ユウ。また次の機会に」
スフェンは俺の手を取って、甲に軽く口づけをした。ぞわわ、っと背に何かが走り、全身に鳥肌がたった。思わず振り払いたいところを必死で抑える。
……だから、そういうのは男じゃなくて、きれいなお姫様相手にやるんじゃないのかよ。確かに、こっちの世界の男から見たら、俺の手でも華奢に見えるのかもしれないけどな!
こちらに来て少し経った時に、手の甲だろうが頬だろうが、キスは男女関係なく挨拶の一つだと聞いたけれど、ちっとも慣れやしない。
俺の心の内も知らず、にこりと笑って公爵令息が去っていく。鳥肌は少しずつ治まってきたが、体が寒気でぶるりと震えた。さて、俺も午後の勉強、と振り向くと、ジードの突き刺すような瞳があった。
「……スフェンと一緒に夕食?」
「え? うん、前から誘われてて」
「ユウ。あいつはだめだ! 絶対にダメだ。一人で夕食に行くなんて食われにいくようなもんだ!」
「食われる? じゃあ、ジードも一緒に食べる?」
「へ? えっ」
「食事は大勢の方が美味いし。俺、実家では6人家族だったから、人が多い方が好きなんだよ。同級生なんだから、スフェンだってジードが一緒でも構わないだろ?」
「え、あ、まあ……」
「二人きりになって、スフェンにまた手にキスされるのも困るしなあ……」
ジードは俺の言葉に、眉を顰めて考え込んでいる。
「それに俺、ジードの食べっぷりが好きだ」
「す、すき……」
「うん。だから今度一緒に夕飯食べよう」
ジードは真っ赤になって、こくこくと頷いた。ジードって結構、照れ屋なとこあるよな。
俺は、午後の勉強時間にレトに頼みごとをした。
スフェンに借りた本の解読を進めるのと、そこに載っている材料の入手法を知りたいと。この世界で普通に穫れるもので、俺は作りたいものがあった。そう、俺は、菓子を……、スイーツを作りたいのだ。この世界には、果物や木の実はあっても甘味がない。昼の食堂はもちろん、国王陛下たちとの会食の席でもスイーツを見たことがなかった。
スフェンに頼んだのは、公爵家のデザートのレシピだ。菓子でなくてもいい、甘みを使った料理が載っている本が欲しかった。
俺の世界のスイーツの話を聞いたレトは、興味深いと言った。
「その昔、我が国の食卓にパンを普及させたのは、異世界人だと言われています」
「え、そうなの?」
「元々、穀物を粉に挽き、水と共に捏ねて伸ばしたものを焼いて食べていました。そこにパン職人だという異世界人が揺れと共に現れたのです」
最初はひどく落ち込んでいた職人は、保護された田舎で人々と一緒に農業に従事した。心身が回復するにつれ、彼はパンを焼きたがった。この世界に馴染めば馴染むほど、その気持ちは膨らんだ。
自分が焼いたパンを世話になった村人たちに食べてもらいたい。ここには、粉も水も竈もある。植物から油、動物から乳もとれる。後は発酵だ。森でとれる果実から酵母ができないだろうか。
彼は日々、研究を重ねた。
「何年もかかったそうですが、果実からとれた酵母を増やしてパンを発酵させ、焼き上げることに成功しました。その技術は少しずつ国中に広まっていったのです。パン職人のおかげもあって、この国では異世界人は新たな技術をもたらすと言われています」
レトの話に、俺はすっかりやる気になった。
俺は昔から、菓子作りが好きだ。家族が喜ぶのでどんどん作っていたら、コンクールで入賞したこともある。高校卒業後は、菓子の道に進もうと決めていた。
ここで菓子を作ることができたら、まず誰に食べてもらおうか。
ふっと、大きな黒い瞳が浮かんだ。華やかな顔立ちの、誰よりも優しい心を持っている人。胸の奥がズキンと痛む。ぶんぶんと、思いきり首を振った。遥か遠い異世界に来てまで失恋の思い出を引きずるのは、我ながらどうかと思う。
「この世界で食べてほしい人だ、この世界で!」
深い碧の瞳が浮かんだ、ああ、そうだ。一番に、彼に食べてもらいたい。俺の作ったスイーツを。
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