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1.イケメンと魔獣
しおりを挟む異世界に、来た。
何のひねりもないセリフだが、本当にそのままなのである。
中間テストで一週間、部活動は休みになる。テスト前最後の部活があるからと、土曜の朝、いつも通りに家を出た。
俺の入っている家政部は、男子校にも関わらず活発な活動で名を知られている。家政部は料理班と手芸班に分かれているが、俺は料理班だ。
今日は入部したばかりの1年たちにフランボワーズのムースケーキを披露する日だ。高校の駐輪場に着いてチャリを停める。前カゴから下処理済みの材料の入った保冷バッグを取り出して、部室である家庭科室に向かう。
その時だ。踏みしめていた大地が、そして空気が、ぐらぐらと揺れた。
「地震?」
慌てて周りを見ても、休日の為に人はいないし、スマホの緊急地震速報も鳴らない。
もしかして、揺れているのは俺? 貧血だろうか?
昨夜遅くまでケーキのレシピを確認していたし、確かに連日寝不足だった。揺れはおさまらず、耳の中と胃がおかしくなる。とりあえずしゃがみこんだ。うー、と唸ってうつむいていたら、誰かが俺の肩を掴んだ。
「********」
聞いたこともない言葉が聞こえてくる。
目を上げたら、少しくすんだ金髪と碧の瞳が目に入った。あれ、うちの高校、交換留学生なんて来てたっけ? 日に焼けた肌に、彫りの深い顔立ち。思わずまじまじと見れば、眉が少しだけ下がって、二重瞼のくっきりした瞳が優しく俺を見た。
「**** !!!」
目の前のイケメンが、急に大声で何か叫んだ。頭の上が陰った気がする。ふっと見上げれば、丸い穴があった。
なに、これ。
穴だと思ったのは、口だったようだ。頭上2メートル位のところに、巨大な太い蛇のように白くうねるものが、ばくりと口を開けていた。ぎざぎざの歯が円周上に細かく並んでいて、中央から細長い舌のようなものがにゅるにゅると伸びてくる。衝撃で立ち尽くしたまま眺めていると、体を強い力でぐっと引き寄せられ、次の瞬間、思い切り地面に放り投げられた。
「……いってぇ」
草の上だったとはいえ、力任せに投げつけられれば痛い。何とか起き上がって振り返れば、先ほどの男が白い生き物の体を、剣で真っ二つに薙ぎ払ったところだった。
「すご! 本物の騎士みたい!!」
そう思ったのは一瞬で、俺は脳天を突き抜けるような腐臭に総毛だった。先ほどの生き物の体液が盛大に辺りに飛び、切り離された体がびくびくと地面に蠢く。だめだ。もはやキャパオーバーだ。そこで意識はぷつりと途切れた。
目覚めた時には、広い部屋のベッドに寝ていた。
俺の隣で椅子に座っていたイケメンは、目を開けた俺を見てぱっと顔を輝かせた。彼が部屋を出て行って少したつと、何人もの人が入ってくる。
イケメンに負けず劣らずの中世ヨーロッパ風コスプレ御一行という顔ぶれだ。その中では比較的地味な格好の一人が、人々に一礼して前に出る。俺の隣にやってきて、ずいと四角い箱を差し出した。男が言葉を発した途端、箱が銀色に光った。
「ようこそ、異世界からの客人」
耳に入って来たのは、確かに俺の聞きなれた言葉で、日本語だった。
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