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Ⅵ.番外編 レイとセツ

第1話 あなたに焦がれて①

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 南の離宮には、案外、来客が多い。

 シェンバー王子が滞在するようになってからは、貴族や領主たちが次々に挨拶にやってくる。
 それを知った商人たちも、せっせと御用うかがいに来るようになった。

「セツ様、こちらはいかがでしょう?」
「必要ないと言ったはずですよ。サウル殿」
「おや、私の名前を覚えていただけたのですね。光栄です!」

 褐色の肌に金色のゆるい巻き毛の商人が、満面の笑顔になる。

 年の頃は二十台前半だろうか。
 愛想がよく、こちらが一つ言えば十は答えてくる。勘の良さと、相手をうまく乗せる会話術は見事なものだ。多少話しすぎるきらいはあるが、無口な商人など話にならないので問題はない。
 彼の父は王都で店を開いたので、近年は息子たちが取引先に顔を出している。
 一代で王宮に顔を繋げた父の手腕は、確実に子どもたちにも受け継がれていた。

 僕の前には、様々な嗜好品が並んでいた。
 スターディア産だけでなく、異国のお茶、装飾品の数々、香水に香油。
 サウルは、懐からそっと小さな包みを差し出した。
「⋯⋯よかったら、こちらを」

 じっと見つめれば、サウルが、にこにこと微笑む。

「ロダナムで採れる最高級の品をご用意しました。セツ様の瞳の色によくお似合いになると存じます」

 僕の瞳は、緑がかった青だ。顔立ちと瞳の色は母から受け継いだ。
 この包みの中には、きっと同じ色合いの宝石が用意されているのだろう。

「ただより高い物はない」
「は?」
「母の言葉を思い出しただけです。サウル殿、お持ち帰りください。私が頼んだものは、主の為のお茶だけです。我が主は、華美な物を好みません」
「⋯⋯承知致しました」
 若き商人は、微笑んだまま包みを隠しにしまった。

 お茶を何品か選び終えると、商人は小瓶を取り出した。

「こちらはいかがでしょう? 最近話題の香油でして、大変希少な品です。香りよく、不純物も入っておらず、御体に負担もかけません。想い合う御方と、より親密な時間をお過ごしになれると評判です」
「⋯⋯最近話題だと言うことは、まだあまり出回ってないってこと?」
「左様です。原料が少なく、穫れる量に限りがございます」

 とろりと粘度の高い透明な液体が、玻璃の小瓶に入っている。

 香油は、王室御用達の店がある。他から買わなくても、すぐに手に入れることができた。
 だが、王室御用達の香油は効き目が良すぎる。最近、寝込む日が多くなって、イルマ様のお体が心配だ。

 サウルの持参する品は、どれも品質が良く信頼がもてる。

「⋯⋯ううーん。確かめもしないで、お渡しするわけにはいかないしな」
「それは、お試し用の品にございますので。どうぞ、セツ様がお納めください」
 このぐらいなら、いいかもしれない。
 僕は、こくりと頷いた。

 サウルの瞳がきらりと光ったことには、気づかなかった。


 ⋯⋯どうしよう。
 香油の瓶を前にして、僕は悩み続けていた。
 品質がいいのであれば、王子たちにお勧めしたい。だが、使用してみなければ、いいも悪いもわからない。安全性のわからぬものを、そもそも渡すことは出来ない。
 誰か、信頼のおける者に試してもらうべきか、それとも──。

「セツ様、買い物は済んだのですか?」
 ちょうど、レイが部屋に入ってきた。


「な! なななな、なんですって!?」
「だから、サウルがくれた品を確かめたいんだ。品質が良くて使い心地も良ければ、イルマ様たちに使っていただいてもいいかもしれない。でも、わけのわからぬものを渡すことはできないだろう?」
「それは、そうですよ。だからって!」

 レイは怒っている。
 最初、真っ赤だったのが青くなり、今はまた、赤くなっている。

「あ、レイ! レイは、これを使うような相手はいない?」
 香油の入った瓶を手に、そう聞いただけだったのに。

 ⋯⋯なぜ怒っているんだろう? さっぱりわからない。
 言い方が悪かったんだろうか。以前、イルマ様に言われたことがある。
 セツは、言葉の使い方がおかしいと。

 レイは、大きく息を吸って、呼吸を整えた。
 僕の目を真直ぐに睨みつけてくる。ちょっと、怖い。

「セツ様、いいですか? 私にそんな相手がいるように見えるんですか?」
「⋯⋯。すぐには、思い当たらないんだけど。ただ、レイは優しくて性格もいいし、顔もいいし。仕事も出来る。背だって、とっくに僕を抜かして、これからもっと大きくなりそうだし」
 相手がいても、全然不思議じゃない。
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