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第四部 婚礼
第12話 待ち人②
しおりを挟む「いやあ、殿下が自ら来てくださるとは! おかげで大層話が早くすみました!!」
「⋯⋯砂漠の民が検問で揉めていると、騎士団から連絡が入った。私の名を出しただろう?」
「ああ、普段から懇意にさせていただいていると申し上げただけですよ。あんなに人や馬車が並んでいるのに、すぐに通さないとは頭が固い。招待状を見せても、ですよ! 今日中に王都に入れないかと思いました」
シェンバーは、眉間に皺が寄るのを感じた。
⋯⋯招待状が胡散臭いと思われたのは、彼等だけだっただろう。
商人が持参した品は献上品だけではなく、想定を越える量があった。婚姻の儀の間は人々の流入が多い。その為に、王都に運ばれる品々には、より厳しい検閲が行われている。
「頭が固いのではない。警備が強化されているだけだ⋯⋯」
「申し訳ない、シェンバー王子。まさか、あんなに多くの荷を城下に持ち込もうとしていたとは」
大柄な男たちの話し声は、離れていても迫力がある。砂漠の民を普段、北方のフィスタで見ることはない。シヴィルとユーディトは招待客の多彩さに感激し、興味深く視線を投げた。
「シェーン! セリム! ハートゥーン!!」
長く続く階段の上から、小柄な姿が大きく手を振っている。全身で喜びを示しているのがわかった。幼い子どものように嬉しそうな姿に、人々は思わず微笑んだ。
遅くなった昼食の時間は、大層賑やかなものとなった。イルマたちの会食に、砂漠の民が突如、参入したからだ。
フィスタの宰相補佐官とクァランの部族を束ねる長の息子が、互いに優美な挨拶を交わす。シェンバーとイルマは、それを感慨深く見つめた。陽気な砂漠の商人は旅の物語を機知に富んで語り、北国の文官は女神と湖の逸話を情感を籠めて披露した。いつの間にか、互いの文化にまで話が及んでいる。
「ねえ、シェン。ぼくは今、すごく幸せな気持ちだ。友人たちと再会できた上に新たな結びつきを目にすることができるなんて」
にこにこと笑うイルマに、シェンバーの心は高鳴った。人によっては、それを外交と呼ぶだろう。だが、目の前で無心に喜ぶ姿の前では、それはひどく世慣れてつまらない言葉のような気がする。だから、つい言ってしまったのだ。
「最近、イルマはとても嬉しそうだ。私も、幸せだ。イルマのそんな笑顔を見ることが出来て」
「え⋯⋯あ、うん」
うつむくイルマの耳が少し赤くなっている。シェンバーが思わず微笑んだところに、軽い咳払いが聞こえた。
「えっと、その、大変⋯⋯、失礼を致します」
「あ、あ! ハートゥーン、いや、全然」
「すみません、イルマ殿下。あの、セツ殿はどちらに⋯⋯」
ハートゥーンが囁くように告げた相手は、いつもイルマの側近くに控えている。だが、いくら探しても、その姿は見当たらなかった。
「ああ、セツならフィスタの父に呼ばれている。しばらく戻らないと思うけど」
「しばらく⋯⋯」
あからさまに落胆した様子のハートゥーンに、氷のような声がかかった。
「セツ様へのご用件ならば、私が代わりに承ります!」
「なぜ、お前などに⋯⋯」
二人の男が睨み合うのを見て、イルマはぽつりと告げた。
「レイの態度もどうかと思うけど。会わないほうがいい人たちもいるんだよな」
──会わない方がいい人もいる。
イルマの言葉が聞こえるわけもないのに、セツの頭の中ではその言葉が飛び交っていた。
「⋯⋯まさか、こんなところで」
「こちらも、そのまさかという気持ちだ」
「長らくご無沙汰を⋯⋯。お会いできる日が来るとは思っていませんでした」
「私もだ。お前のこんなに立派な姿を見られるとは嬉しいよ」
にこやかな微笑を浮かべた若者を前にセツは、心中で深くため息をついた。自分とどこか似た面差し。しかし、髪や瞳の色が違うために、見た時の印象が異なってしまう。隣に並ばなければ、そうそう兄弟だとは思わないだろう。母と共に宮廷に上がってから、父や兄とは年に数回しか会ったことがない。
「其方たちが会うのも久しぶりだろう」
「はい、陛下。このような機会を頂戴し、感謝に堪えません」
二人揃って跪き、自国の王に拝謁するなど幼い頃以来だろうと思う。
「成長した弟に会える喜びに勝るものはございません」
セツは頬を紅潮させる兄をちらりと見て、首を傾げた。兄弟の愛情の深さが、どうにも自分にはわかりかねる。
兄の言葉に嘘はない。たまにしか見ることがない幼い自分を、兄たちはとても可愛がってくれた。まるで珍しい猫か何かを手にした時のように夢中になり、取り合って⋯⋯。おかげで、早く母と一緒に王宮に戻りたくて仕方がなかった。
「折角の機会だ。王妃からもゆっくり過ごすよう言付けがあった」
「ありがたき幸せにございます」
フィスタの国王は輝くような微笑みを浮かべている。自身が家族愛に溢れた王だ。久々の再会を果たした臣下を見る目は、慈愛に満ちていた。
セツの兄は、上は法務大臣の麾下に入り、下は王妃の近衛を務めている。イルマ王子の乳母として信頼を得た母の手腕によるものだ。
セツは、改めて思う。
母は、なかなかの遣り手だった。自分を侍従として育てるのには容赦のない人だったが。
「ところで、兄上。こちらにいらしたのは」
「名代として参った。イルマ殿下に取り次ぎを願いたい」
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