【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第三部 父と子

ある庭師の話③

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「⋯⋯俺たちは俺たちの仕事をするだけだ」
 俺は親方と一緒に、毎日仕事をした。
 夕暮れ近くに、小道から四阿にやってくる人はいない。

 まるまる一か月も経った朝。
 俺は自分が育てていた鉢の中に、ふわりと開いた花を見つけた。
 王子が見たいと言っていた花。王子の瞳のように鮮やかな瑠璃色の花。

「⋯⋯王子様! 花が!!」
 ⋯⋯四阿に持っていかなきゃ。

 そう思った途端に、花の上に雫が落ちた。ぽた、ぽた、と。
 王子は、もういない。
 この花を楽しみに待っていると言ってくれた人は、もういないんだ。

 どうしていいか、わからなかった。
 鉢を抱えて仕事に向かう。
 親方が不思議そうな顔をしたので、王子に約束した花だと言うと、それ以上何も言わなかった。

 夕暮れと共に四阿に近づいても、誰の姿もない。優しい調べは聞こえず、小さな声で穏やかに話す王子たちはいなかった。
 四阿の近くに清水の湧く泉がある。
 いつも王子がのぞきこんでいた泉の近くに花を植えた。
 もしかしたら、隠れているだけかもしれない。どこかで見ていてくれるかもしれないと思ったから。



 ドンドン、と扉が叩かれた。寝坊したと慌てて目をこする。木の戸を開けると、真っ青になった親方が立っていた。
 
「テオ! 大変だ!! 奥庭を閉めるとお達しがあった」

 ⋯⋯閉める?
 ⋯⋯何を?

「奥庭だ!」

 親方の止める声が聞こえたけれど、それどころじゃない。小道を必死で走った。
 早朝から、奥庭の入り口に、たくさんの兵士が立っていた。次々に何本もの杭が運ばれて、地に打ち込まれていく。

 何で、何で、こんな⋯⋯。
 目の前に人が立ったことにも気づかなかった。

「お前は⋯⋯」
「騎士様!」

 いつも王子の側にいた凛々しい騎士が立っている。
 顔色は悪く、頬がこけていた。目の下にはひどい隈がある。

「騎士様! 騎士様、これは⋯⋯」
「この庭はこれより閉ざされる。もう二度と、開くことはない」
 絞り出すような声だった。

「そんな⋯⋯だって! 王子様の庭が!」
「王命だ。何人たりとも翻すことは出来ない」

 俺は、その場にへなへなと座り込んだ。涙がぼろぼろと零れる。
 奥庭の周りに何十本もの杭が打たれ、鋼鉄の扉が運び込まれた。
 輝く庭には、もう誰も入ることはできない。

 気持ちのいい風が吹き、花々が咲いていた。優しい音が辺りに響く。
 寝転がる王太子様の隣で、いつも笑っていた二の王子様。
 王子たちのいた場所が消えてしまう。あの温かな、優しい場所が。

 俺は、何度も何度も拳を地面にたたきつけた。土は涙で色を変え、手も顔も泥だらけになった。息が苦しい。涙はいくら流れても、止まってはくれない。
 騎士は、邪魔だと俺をどかそうとする他の兵士たちを止めてくれた。黙ったままずっと、隣に立っていてくれた。



 奥庭に誰も入れなくなって、三か月が過ぎた。
 俺は、鋼鉄の扉の前に立っていた。
 夕暮れが近くなると、一人の騎士がやってくる。毎日来ることもあれば、来ない日もある。ただ、決まって同じ時にやってくる。
 凛々しい顔立ちの騎士の瞳は、鋼鉄の扉を見ながら、何も映してはいない。ここにはない何かを探しているかのようだった。

 騎士の姿を見て、俺は地面に額を擦りつけた。
「騎士様。庭師風情の俺が、こんな口を聞くのはとんでもないことだとわかっています。でも、お願いです。どうか⋯⋯どうか、聞いてください」
 騎士は、何も言わない。

「庭は、誰も手入れをしなければすぐに荒れてしまいます。どうか、お願いです。庭の手入れをさせてください。⋯⋯王子様の庭が、消えてしまう。あんなに、大事に思ってらした庭が!」

 誰に頼んだらいいのかわからなかった。
 親方に言ったら、庭のことは忘れろと言う。
 王様の決めたことに俺たちが何か言うなんて、あり得ないことだ。首を刎ねられても文句なんか言えない、と。
 わかっている。でも、放っておいたら、あの庭はなくなってしまうんだ。王子の面影も残らなくなってしまう。

「二の王子が薨去され、国王陛下をはじめ誰もが悲しみに沈んでいる。奥庭のことなど忘れてしまいたいのだ」
「⋯⋯でも、王子様は。⋯⋯王子様は、きっと⋯⋯悲しまれます」
「其方ごときが亡き殿下のお気持ちを語ると言うのかッ!」

 怒鳴り声が上がり、恐怖で体がすくんだ。燃えるような瞳が自分に向けられる。
 怖くて怖くて体が震えたが、それでも自分には騎士以外に頼める人はいなかった。
「お願いです、騎士様。⋯⋯お願いします。俺に手入れをさせてください。俺に⋯⋯」

 自分みたいなやつが出来ることなんか、何もない。
 それでも、王子は笑ってくれた。
 お前が育てる花は綺麗だ、また見たい。そう言ってくれたのだ。
 思わず呟くたびに、涙が零れた。手も顔も涙と鼻水で泥だらけになった。

 気がついた時には、人の気配がなくなり、騎士の姿は消えていた。
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