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第三部 父と子

第49話 君と②

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「ねえ、シェン。今すぐじゃなくていいよ。いつか、陛下たちに伝えてあげてね。⋯⋯気持ちを言葉にしてもらうのは、嬉しいものだよ」

 イルマの言葉に、シェンバーは父の日以来の難題を突き付けられた気がした。
 ⋯⋯遅まきながら親の愛情を知ったので、捨てられる子どもたちを一人でも多く助けたい。 
 そんな台詞を、父母の前で言えるわけがない。シェンバーは、こめかみを押さえながら、なんとか声を振り絞った。
「まずは、ガゥイに孤児院を建てることにした、とだけ報告するのでいいだろうか⋯⋯」
 もちろん、とイルマは微笑んだ。孤児院を建てる理由を聞かれて、シェンバーが何と答えるのかまでは詮索しないことにした。




 久しぶりの南の離宮には、穏やかな風が吹いていた。
 シェンバーの部屋で長椅子に腰かけながら、二人はようやく体中から緊張感が抜けるのを感じた。王宮と違って、離宮は解放感に溢れている。

「すごく懐かしい気がする。離宮を発ってから、まだ一カ月半位しか経っていないのに。何だか⋯⋯寂しいな」
「王宮からそう遠くないのだから、いつでも来たい時に来ればいい」
「うん⋯⋯。ガゥイの孤児院の様子も見に行きたいし、時々遊びにこよう。旅に出たような気持ちになるし」
「⋯⋯旅?」
 イルマの口から出た言葉が、シェンバーには新鮮だった。そう言えば、イルマは初めての場所に行くと、いつも楽しそうにしている。

「ああ、ぼくはずっと、他の国に行くのが夢だったんだ。兄上たちのように留学に憧れていたけど無理だったから、スターディアに来るのを楽しみにしていた。まさか、すぐにフィスタに戻ることになるとは思わなかったけど」
「⋯⋯そうだったのか。あの時は、すまなかった。今度イルマの行きたいところに行こう。どこか行きたいところはある?」

 イルマは、ぱっと嬉しそうな顔を見せた。
「刺繍が見たい! スターディアの北部に、すごく綺麗な刺繍をする村があるって聞いたんだ。フィスタのものとは違うのかな?」

 シェンバーは、イルマを抱き寄せて、自分の膝の上に乗せた。指で顎をすくって、軽く口づける。
「フィスタのものとはだいぶ違う。そう言えば⋯⋯」
 刺繍と聞いて、シェンバーはイルマの美しいヴェールを思い出した。

 約束の夜。どうしてイルマがヴェールを纏っていたのかを、シェンバーは聞き損ねていた。

「イルマ。どうしてあの日、ヴェールを纏って待っていたの?」

「え? あ、あれは⋯⋯。あれは、その」
 イルマは急に落ち着かなくなり、慌てて言葉を探している。
「⋯⋯代わりに、と思って」
「代わり? 何の?」

 イルマは困ったように、何度も目を瞬いた。ふんわりした髪が揺れ、目を伏せて瑠璃色の指輪を撫でる。
 シェンバーがじっとイルマの瞳を覗き込むと、早口で話し始めた。

「⋯⋯あ、あのヴェールの刺繍は、ぼくが縫ったんだ」
「イルマが自分で?」
「うん、母上や姉上も少し手伝ってくれた。ヴェールは魔除けだから、家族や親しい人の祈りがたくさん籠められていた方がいいんだ。それで」
 イルマは言葉を切って、小さく息を吐いた。

「フィスタでは男女ともヴェールをつけて式を挙げるんだよ。そして、初夜には、互いにヴェールを外して愛し合うんだ。魔を避けて、無事に結ばれる日が来たことを喜び合う。ようやく、お披露目も済んだし⋯⋯、と思って」

 イルマの囁くような声に、シェンバーはようやく気が付いた。イルマが一人で何を考えたかに。

 ⋯⋯あれは、初夜の代わりだったのか。
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