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第三部 父と子
第42話 誰の① ※
しおりを挟む部屋の中に水音が響く。
ゆっくりゆっくりと高められた快感は、まるで上質な媚薬のようだ。体の隅々までが、わずかな刺激で反応するようになる。
シェンバーの指が動くたびに、イルマの口から甘い吐息が漏れる。手首まで伝わるほど滴っているのは、香油だけではない。指を何本も飲み込んで柔らかく解れたイルマの中に早く入りたかった。
逸る自分を押しとどめて、シェンバーはイルマの足を開く。内腿を強く吸い上げれば、紅い花が咲いた瞬間に指が締めつけられる。目の前のイルマの体も、うっすらと赤く染まった。
「あ、シェン、シェ⋯⋯」
縋りつくようにうねる中から指を引き抜いて、シェンバーはイルマの体を抱き起こす。自分は胡坐をかいて、イルマを膝立ちにさせた。
黄金色の潤んだ瞳が自分を見下ろしている。眉が寄せられ、何度も噛み締めたのだろう、下唇が少し腫れていた。
⋯⋯怒ってるんだろうな。
シェンバーの胸は、ちくちくと痛んだ。イルマの体中に散っているのは、自分の執着の痕だ。人の気も知らないで、と無我夢中で吸いつき、白い肌に痕をつけた。
「おいで⋯⋯。首に手を回して、イルマ」
イルマがおずおずと言われた通りにする。シェンバーは、ほっと息をついてイルマの唇に羽毛のように軽く口づけた。
「ん。ゆっくりでいいから、腰を落として」
イルマの足を開かせて後孔に自分の楔を押し当てた。少しずつ、少しずつイルマの肉襞に包まれ、熱いうねりに飲み込まれていく。
「あっあ、あああっ」
「イルマ⋯⋯! イルマっ」
反り返ろうとする背を、シェンバーは思いきり抱き締めた。猛る楔を奥まで迎え入れて、イルマの体が震える。
すぐさま動きたがる自分を、シェンバーは必死で宥めていた。ぐらぐらと沸騰する頭に、これ以上はダメだと言い聞かせる。
ようやく一つになれたんだから、と。
首に回された手に、ぎゅっと力が込められた。切なげな吐息と共に、耳元で小さな声が聞こえる。
「⋯⋯う、動いていい? シェン」
「っ!!」
シェンバーは、理性は焼き切れるものだと知った。
⋯⋯白い喉が仰け反るのが見える。
自分の体を押しのけて逃げようとしている。
獲物を捕らえる獣のように、この体を貪り尽くそう。
自分から動こうとするイルマを待つことなど出来なかった。
イルマの肉襞が自分を包み込んで縋りつく。馴染んだところを緩く動かせば、何度も甘い吐息が聞こえる。でも、それだけでは終わらせない。
「やっあ、あっ⋯⋯シェン」
イルマの細い声がシェンバーの耳に届けば、炎のように恋情が煽られる。
シェンバーは下から思いきり腰を突き上げた。腕に爪がたてられ、ぎゅっと自分にしがみつく姿が愛おしい。
「は⋯⋯ぁ、イルマ」
何度も繰り返し突き上げて、中を穿つ。最奥を突かれたイルマの体に震えが走り、シェンバーはそれを逃さなかった。
イルマの中に熱い熱が一気に弾けて満ちていく。シェンバーの熱を受け止めた体が、絶え間なく波のような快感に揺さぶられる。
頭の奥を突き抜けるような一際激しい波を感じて、イルマは高く声を上げた。
「シェンっ! ⋯⋯シェン」
「イルマ⋯⋯」
口に出せるのは互いの名前だけだ。快感と愛しさが刹那に揺れ動く。
抱きしめた相手の体は汗ばんで、荒い息をこぼしている。
どちらからともなく口づけを交わし、片方が離せばもう片方が求めて、強く抱きしめ合った。
イルマは、知らぬ間に自分がもう一度極めていたのを知った。
慌ててシェンバーから体を離そうとすれば、笑い声が聞こえる。シェンバーは腕の中からイルマを離そうとはしなかった。
「⋯⋯ねえ、イルマ。もう、今更だと思うんだけど」
お互いの体には、あちこちに情欲の痕が溢れている。
「イルマが感じてくれるなら、私は全部嬉しい」
瞼に口づけられて、イルマはシェンバーを見上げた。
「うん。⋯⋯ぼくも」
⋯⋯シェンがぼくで感じてくれたら嬉しい。
普段は素直に思うことを口にするイルマの、小さな小さな声だった。
そっと指を絡め合って、吐息を漏らす。
この愛しさを言葉に表す方法を知らない。だから、もう一度。
同じことを想って、二人は唇を重ねる。
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