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第三部 父と子
第29話 王弟②
しおりを挟む「罪状は、第二王子殿下の統轄司令官復帰の撤回と婚姻の破棄を求めて、伴侶であるフィスタの王子殿下を略奪したこと。また、生家であるシュタイン侯爵家を手に入れる為に甥である侯爵に偽りの情報を与え、当主の地位から追い落とそうとしたこと」
「なッ⋯⋯! どこに証拠が」
「⋯⋯其方はシュタイン侯爵が暴言を吐き、フィスタの王子に手をかけてから現れた。本気で止めようと思ったら、もっと前から止める機会はあったのに。陛下の前で侯爵を庇う姿を見せたのは、演技に過ぎない」
シェンバーの言葉に、グローデル伯爵は眉をつり上げた。
「言いがかりだ! そんなことで、我が身を拘束する理由になるとお思いか!」
伯爵が声を張り上げても、シェンバーは表情一つ変えずに続けた。
「侯爵は自分が任された第一騎士団の騎士たちを私物化しようとした。其方が悪意を持って侯爵に口入れした内容は、騎士たちによってこちらに届いている。他にも私とイルマに放った刺客たちは、既に騎士団の監視下にある。彼らは其方が思うほど口は堅くない」
「⋯⋯殿下! どうか、私の話をお聞きください!!」
「私どもがゆっくりとお聞き致しましょう。⋯⋯別室にお連れせよ!」
長官の言葉の元に、騎士たちはすぐに両側から伯爵の腕を掴んだ。四方を隙間なく取り囲まれ、二人の男が引きずられるように広間を出ていく。一人の姫君が震えながら、その後を追いかけた。
「⋯⋯王妃陛下」
イルマは、国王の傍らに立つ王妃に声をかけた。王妃の美しい顔は涙に濡れたままだ。
「王弟殿下が感謝しておいででした。水晶をずっと持っていてくださってありがとう、と」
「ルー⋯⋯!」
王妃の目に新たな涙が溢れた。
イルマは、自分の服の隠しから幻影水晶を取り出して、王妃に手渡した。
ほっそりした手に戻った水晶を見て王妃が瞳を瞬く。
「これは⋯⋯。あの子の水晶ではないわ。形は同じだけれど、中にあった影がない」
王妃の手の中の水晶は、一点の曇りもない透明な輝きを放っていた。
「ぼくが見た時も、中には確かに影がありました。その水晶は、元々ルーウィック殿下のもの」
「ええ。国王陛下が以前、ルーに与えたものです。あの子はとても大切にしていて、亡くなった後は形見として私が持っていました。でも、ニか月前からどこを探しても見つからなかったのです」
⋯⋯ぼくが夢に見たのは、王弟殿下の想いが作った幻の庭。殿下に会うことが出来たのは幻影水晶の力。
イルマは国王に向かって言った。
「陛下、どうか奥庭を開放していただけませんか」
「奥庭を?」
「弟君はずっと、陛下との思い出のある庭で祈ってこられました。奥庭を元通りの光と花の溢れる場所にしてほしいと願っておいでです」
「⋯⋯それが、弟の望みか」
「はい。陛下に以前のように安らいでいただきたいと」
国王は一度強く目を瞑り、深く頷いた。
大広間の諸侯たちは、自分たちの目の前で起きたことに困惑していた。
最もわかりやすかったのは、二人の貴族が騎士団に拘束されたことだ。権力や武力を狙っての策謀や乱闘騒ぎは過去に何度もあった。晴れの席でというのは嘆かわしいが、珍しくはない。事の全容は直に明らかになるだろう。
わからないのは、二の王子の前に立つ者だ。
確かに獅子の扉を入ってきた時はリュートと王族の死に装束を身に着けていた。だが今は、リュートも衣装も煙のように消えて、平服を身に着けた一介の侍従にしか見えない。先代の王子を知る者は、皆一様に青くなったまま口を噤んでいる。そして、いつの間にかヴェール姿のフィスタの王子の姿がどこにもない。
騒めく人々を見渡し、二の王子は傍らに立つ者を抱き寄せた。
「皆には多々、混乱を与えたと思う。だが、この手に在る者こそが我が伴侶、フィスタの王子だ。女神の元に共に旅立つ日まで、我等は共に歩むだろう」
頬を染めた青年の瞳が黄金色であることが、ようやく人々の目に留まる。二の王子は、身を屈めて伴侶の額に口づけた。
パンパンと小さく手を打つ音がする。
拍手が一人の騎士の手から起こり、やがて波のように大広間に満ちていった。広間はようやく和やかな空気を取り戻し、この日の主役たちを迎えることが出来た。
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