【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
118 / 202
第三部 父と子

第18話 指輪①

しおりを挟む
 
 イルマの胸に懐かしい思いが込み上げる。女神の湖を臨む白亜の屋敷で半月を過ごした。

「それ、村の収穫祭の日⋯⋯だよね?」
「そうだ。あの朝、誰もが湖から白銀の鳥が羽ばたく姿を見た」

 細かな波が一羽の鳥の姿を取り、大気の中に舞い上がる姿を。
 水の粒が光を受けて煌めき、人々に吉兆を告げた。

「あの時、ぼくは湖で祈りを捧げて、女神の息吹を感じていた」
「私は湖畔屋敷からレイたちと湖を見ていた。あんな、戦場でもないのに背筋が総毛立つような思いをしたのは初めてだ」

 あの光景がずっと忘れられなくて、とシェンバーは言った。
「本当は中身だけで良かったんだけれど、サウルが大切なものを入れるものにも力が宿る。になると言うんだ。まだ若い職人たちが離宮にやってきて、話を聞いていた。先日、ようやく出来上がったとサウルがここまで届けに来たんだ。⋯⋯イルマ、開けてみて」

 イルマは頷き、美しい箱を静かに開く。
 箱の中には真紅の布が敷かれ、二つの輝きがあった。

「シェン、これ⋯⋯」
 シェンバーは、真剣にイルマの瞳を見た。
「スターディアには、伴侶に自分と同じ色を宿したものを贈る習慣がある。受け取ってもらえるだろうか」
 イルマは言葉もなく、ただ頷いた。

 箱の中から取り出されたのは、黄金の地に瑠璃色の宝石がめこまれた細身の指輪だった。

 シェンバーはイルマの指を取った。
 剣を取る手は、どこも美しい男の体の中では驚くほど武骨だ。その手が、わずかに震えている。
 イルマが目を上げれば真剣な表情がある。指に黄金の輝きが全て収まった時、安心したような吐息が聞こえた。

 ──まるで幼い子が何かをやり遂げた時みたいだ。
 イルマがふふ、と笑うと、シェンバーも微笑んだ。

 シェンバーは、イルマの手を取って、指先に口づける。まるで神聖なものに触れるような仕草だった。

「よかった。よく似合っている」
「ありがとう、シェン。とても綺麗だ」

 輝く黄金の髪にスターディアの王家の瞳。美しい人を映した指輪は、細かく繊細な意匠がぐるりと施されている。嵌められた瑠璃色の宝石は、送り主と同様に、一際深い輝きを放つ。

 箱の中には、もうひとつ。きらめく太陽の光があった。

「ごめんね、シェン。本当は、これはぼくからシェンに贈らなきゃいけないものだね」
「そんなことは気にしないでほしい。これは、スターディアの習慣だし。⋯⋯それに」
「それに?」
 シェンバーは眉根を寄せて、声を落とした。

「贈りたかったのは、私だから。イルマは宝飾品をずっと受け取ってくれなかったから、この指輪までいらないと言われたら、どうしようかと思っていた⋯⋯」
 ──そんなことを思っていたなんて知らなかった。贈り物を返しても、いつも、わかったとしか言わなかったのに。
 イルマは思わず噴き出した。

「この指輪は、婚姻の贈り物でしょう? いくら何でもそれを断ったりしないよ。他のものとは違う」
「うん。良かった、本当に⋯⋯」
 心から安心した微笑を浮かべる姿に、シェンバーが本気で心配していたことがわかる。

 真紅の布の上にある指輪は、金地にイルマのものと同じ意匠が施され、透き通った金色の宝石が輝いていた。
「黄玉は、太陽の輝きを集めた石だと言われていて、『希望』を現す。そう聞いた時、イルマにぴったりだと思った。⋯⋯イルマはずっと、私の希望だったから」

 ──暗闇を照らす明かりのように。いつだって君のことを想っていた。

 小さな呟きに、イルマは幼いシェンバーの姿を記憶の中に探した。どことも知れぬ闇の中で出会った人は、まだ少年だった。

 イルマはシェンバーの手を取った。どんな時も鍛練を欠かさない手は節くれだっている。
『6歳で剣を持ち、初陣は14歳。このクァランだった』
 以前、広大な砂漠を眺めて言った姿を思い出す。

「ずっと、戦ってきたんだね」
「それが、当たり前だった」

 シェンバーの手を取ったまま、イルマの瞳からは、ぽろりと涙が零れた。それがまるで光の欠片かけらのようで、シェンバーは見惚れた。

「泣かないで、イルマ」
「うん、⋯⋯うん」

 シェンバーは手を伸ばして、イルマの頬の涙を拭った。
 イルマは、真紅の布の上からそっと、輝く指輪を取り上げる。少しずつシェンバーの指に嵌めながら胸がいっぱいになっていた。

 付け根まですっかり収まった時、黄玉の指輪は静かで厳かな光を放つ。
 シェンバーはしみじみと言った。
「これを着けていると、ずっとイルマと一緒にいるみたいだ」
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

シャルルは死んだ

ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。

処理中です...