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第三部 父と子
第13話 帰参②
しおりを挟む──困ったな。顔があげられないよ。
イルマは心の中で呟いた。
シェンバーの胸に顔をつけていると、とくとくと早い鼓動を感じる。自分の胸もどうやら同じように高鳴っているらしい。
流れる髪の一房がさらりと降ってきて、ああ、きれいだなと思う。どこも美しいこの人が、以前よりもずっと感情を顕わにしてくれる。それがとても嬉しい。
すりすり、と胸に顔をこすりつけると、わずかにシェンバーの体が動く。
「シェン⋯⋯?」
顔を上げると、形のいい眉が寄せられ、唇がわずかに噛み締められていた。瑠璃色の瞳の奥に揺らめく熱は、静かなようでいて激しい。
シェンバーの手がイルマの後頭部を掴んで引き寄せた。唇がイルマの唇に重なる。
性急に舌が割り入ってきて、強く絡められた。熱い舌で口中をかき回されていると、頭がぼうっとして体から力が抜けていく。
互いに舌を探り合って、絡め合っては吸い上げる。お互いの熱が伝わり合って、体がどんどん熱くなる。
「んッ! シェン、シェン! もう⋯⋯だめだよ」
必死で唇を離して、イルマはシェンバーの胸を叩いた。
「どうして?」
「⋯⋯だって、今日はまだ、予定があるんでしょ?」
情欲を秘めた瞳は、咎めるようにこちらを見る。
赤くなった目元も濡れた唇も色っぽいな、とドキドキする気持ちをイルマは飲み込んだ。
はあ、とシェンバーの口から切なげなため息が漏れる。
「イルマと一緒に居る以上に、大切な事なんか何もないのに」
シェンバーに強く体を抱きしめられて、うん、と頷く。ぎゅっと心臓が痛くなって、何も言えなくなる。
レイの遠慮がちな声が扉の向こうから聞こえても、シェンバーはイルマを腕の中から離さなかった。
イルマは少し背伸びをして、シェンバーの耳元で囁いた。
シェンバーが目を大きく見開く。
「⋯⋯本当に?」
「うん。だからね」
もう少し頑張ろう、とイルマが言おうとした時だった。
再び、唇がふさがれる。
「約束だからね」
美貌の王子は、満開の花よりも美しく微笑んだ。
第二王子が王宮に戻ったことは、瞬く間に人々の間に伝わった。
同時に、国王主催の宮中舞踏会に出席することも。
姫君たちの話題は王子と舞踏会に集中したが、諸侯はそれ以上に色めき立った。
「⋯⋯今更お戻りになるとは、陛下もどのようなお考えなのか」
「陛下は第二王子を可愛がっておいでだ。何とか手元に置きたいのでは?」
「あの目ではどうにもならぬ。肝心の武の王子の役割さえ果たせぬではないか!」
フィスタからようやく戻ったかと思えば失明して、何の釈明もせずに南の離宮に引き籠もった王子。
国の役に立たぬと怒りの声を上げる者がいる傍ら、擁護する者もいた。
「御役目を放棄なさっているわけではない。あの方でなければ、という者も多いのだから」
とりわけ騎士団での王子の評価は絶大だった。面倒事が多いクァランで話を進める時も、第二王子がいなくては話にならない。騎士団が王太子の預かりになり代理をたててはいても、統轄するのは第二王子だ。
久々に姿を現す第二王子の動向を、人々は固唾を呑んで見つめていた。
「⋯⋯ひま、なんだよね」
イルマはぽつりと呟いた。広い部屋の中には誰もいない。
王宮に着いた翌日に国王夫妻と対面してから、イルマには特に予定がなかった。
ぽすん、と広いベッドに転がりながら数日前の対面の儀を思い出す。
王宮に着いた翌日、イルマは初めてスターディアの国王と王妃に対面した。
謁見の間で玉座に座る王は、離れた場所からでもわかる威厳と静謐さを纏っている。輝く黄金の髪と瑠璃色の瞳は、まさしく王家の色だ。
玉座の前に進み跪いた時、王は唐突に口を開いた。
「イルマ王子、よく来られた。⋯⋯近くで顔を見せてはくれないか?」
イルマは驚いて、思わず隣のシェンバーを見た。シェンバーが無言で頷く。王の傍らに立つ宰相も、前へと促してくる。
恐る恐る立ち上がり、玉座に近づいた。
国王がさらに目の前に来るようにと言うので、すぐ前まで行った。
「フィスタの第4王子、イルマ・ラスシュタ・フォレスにございます。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」
「⋯⋯女神の恩寵深き子よ。我が子と共にいる道を選んでくれたことに、心から感謝する」
国王の瞳は慈愛と喜びに満ちていて、イルマはすぐに言葉を返すことができなかった。
王妃とも和やかに挨拶が終わり、シェンバーの美しい顔立ちは母親から受け継いだのだとわかる。
ほっとして振り返れば、国王たちの親愛ぶりとは逆に、シェンバーはわずかに眉間に皺を寄せていた。
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