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第三部 父と子

第11話 面影③

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 離宮を発つ前夜。
 イルマはぐっすりとは眠れずに、うとうとと微睡まどろんでいた。

 夢はいつも、白い闇の中から始まる。
 ただ何もない空間から、徐々に色づいた世界が現れる。
 これは、の見ている景色なのだろう。

 花々が咲き誇る庭園を、黄金色の髪の少年は真っ直ぐに歩いていく。庭園の奥に在る四阿あずまやが見えると、ほっと息をつく。
 いつも決まった場所に座り、持参した楽器を膝の上に抱える。
 彼が座るのは、自分が来た小道とは反対側の小道がよく見える場所だ。
 待ち人の姿がすぐにわかるように。

 ⋯⋯今日は、いらっしゃるだろうか。

 彼の待ち人は忙しい。
 必ず現れるとは限らない相手の為に、彼は今日も楽器を奏でる。
 どんな曲でも自由に弾くことが出来るのに、少年はいつも温かく優しい曲を選ぶ。

 ⋯⋯貴方の心が少しでも穏やかでありますように。
 ⋯⋯貴方の眠りが心地よいものでありますように。

 少年の心は、いつだって祈りで満ちている。

「⋯⋯!」
 名が呼ばれた。

 小道の向こうから、待ち人がやってくる。
 いち早く気づいた彼は、楽器を手に立ち上がる。
 嬉しさではち切れそうな心で、大事な人の名を口にして。

 彼は、誰なんだろう?
 日々鮮明になる夢の中でいつも、相手の姿は見えない。

 イルマは、何度も見る夢の中で、少年に不思議な親しみを覚えていた。
 輝く黄金の髪に瑠璃色の瞳。白磁の肌の少年は、スターディアの王族に違いない。
 叶うならば、少年の奏でる音楽をあの四阿で聴いてみたかった。
 ⋯⋯夢なんだけど。


 南の離宮から王宮までは、馬車で三日の距離だった。

 イルマとシェンバーは馬車の中で向かい合わせに座っていた。
 何となくそわそわと落ち着かないイルマをシェンバーがじっと見つめている。
 外の風景を窓からのぞいたり、あれこれ楽しそうに話しかけてきたり。その合間もふわふわの髪がぴょんぴょんと揺れている。

 視力が戻ってから改めて見るイルマは、見知った小動物を思い出す。子どもの頃、何とか捕まえたくて木の下で眺めていたら、庭師が言った。
「捕まえるのは難しいですが、近くでご覧になることは出来ますよ。おっとりしたものから気の強いものまで、気性も色々ですから」

 餌をお持ちになるといい。
 そう言われて、毎日同じ時間に餌を持っていくと、姿を見せてくれるようになったものがいた。嬉しくて、飽きもせずに木の実を齧る姿を眺めた。
 ⋯⋯あれは、好奇心が強くて人懐こい性格だったんだろうな。そう、目の前のイルマのように。
 知らず微笑むシェンバーの目には、イルマの背後に幻の尻尾が映っている。

「ねえ、シェン?」
「ん?」
「スターディアの王族に、リュートが得意な、若い男性はいる?」
 リュートは涙の形の弦楽器だ。指で弦を弾くようにして音を奏でる。

「王族ならば、一通り音楽は習う。リュートの名手に心当たりはないが、私が知らないだけかもしれない」
「⋯⋯そう。花の見事な庭園の四阿で、いつもとても優しい調べを奏でているんだ」
「気になるなら、探してみよう。イルマはどうして⋯⋯?」

「夢で」
「夢?」
 不思議そうなシェンバーに、イルマは微笑んだ。

「最近、同じ人物の夢をよく見るんだ。夢の中に出てくる子がシェンに、とてもよく似てる。何だか不思議で、会いたくなって。もし本当に会えたら嬉しい」

 シェンバーは虚をかれて、目を丸くした。頬がじわじわと熱くなる。
 イルマの会いたがった少年が、嫉妬混じりで気になった。そんなことはもう、とても口には出せなかった。
 
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