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第二部 眼病の泉
第20話 真相②
しおりを挟む「⋯⋯南の離宮では、表立ってはあまり必要ないからね。私は視力を失って離宮に引きこもっていたから、統轄していた騎士団の権限は王太子である兄が預かっている。他の者を代わりに長に立ててくれればよかったんだが、そうもいかなくて。未だに私は、武の長のままなんだ。影から様々な情報を得ているが、時々は直接、影を束ねる者から話を聞かなければならない」
影を束ねる者──。
ぼくの頭に真っ先に浮かんだのはジオだ。神殿の下に集い、あっという間に散っていく黒服の者たち。
ぼくの表情を読んだシェンが頷いた。
「私はジオと会う必要があった。周りの国々とスターディアの王宮で何が起こっているのか。武の調整がどうなっているのかを、彼の口から聞かなければならなかった」
日々平穏だと思っていたぼくは、何も知らなかった。
シェンと共に過ごせることを、ただ喜んでいただけだった。
「イルマ、髪が⋯⋯」
どうやら、へなへなと萎れているらしい。シェンが申し訳なさそうに言う。
「イルマには、追い追い知ってもらえばいいと思っていた。私が武の長でなくなれば、関係ないことでもあるし⋯⋯」
ぼくを気遣いながら話してくれるのがわかる。
「スターディアの中でも、クァランは特別な地域だ。隣国ナヴァンとは、常にクァランを争っている。砂漠の交易が自国の利になり、砂漠自身が国の盾になる。砂漠の民は、長年スターディアに服従を誓っているが、それはこちらが彼らにとって好条件を提示しているからだ。彼らはナヴァンに付くか、スターディアに付くか、常にどちらが自分たちに有利かを考えている」
以前見た、神殿の地図を思い出した。
砂漠の東に接するナヴァン。スターディアとの国境は、砂の海の果てにある。
「シェンは、どうして攫われたの?」
「今回、隣国のナヴァンが砂漠の民の一つであるアルファンの族長に近づいた。他の部族も巻き込んでスターディアから離反するつもりだったんだ。ザユラの族長が反対したが、代替わりしたばかりの若いアルファンの族長は、血気に逸って収拾がつかない。砂漠の族長たちがお互いに調整を図っていたところに、アルファンがいきなり、私を攫ったんだ。他の族長へ力を見せつけて、ナヴァンに差し出すつもりだったんだろう」
「影で、助けを呼べば⋯⋯」
「影は南の離宮に置いてきていた。すぐに帰ると思っていたから、イルマの側に⋯⋯」
自分よりも、ぼくを思ってくれたのか⋯⋯。じわりと目に熱いものが浮かぶ。
何と返していいかわからないぼくを、シェンは優しく見つめていた。
「そ、そいつは誰なんです!? セツ様!」
「お前こそ何者なんだ! セツ殿に馴れ馴れしすぎるだろう!!」
「⋯⋯二人とも、静かにしてください。私は仕事中なんです」
シェンと二人で広間に行けば、男たちが顔を突き合わせて睨み合っている。
日に焼けて逞しくなったレイと、ハートゥーン。
セツは柳眉を上げて、男たちを叱り飛ばした。
「これ以上騒ぎ立てるなら、二人とも、砂漠で干からびてもらいます!」
シェンたちは昨夜遅くに、無事に村に辿り着いていた。
長に挨拶に行ってすぐ、盗人が侵入したと知らせがあったのだと言う。
シェンとセリム、ハートゥーンが挨拶を交わす。
セリムがぼくに微笑みかけるのを見て、シェンがいきなり、ぼくの腰を自分の側に引き寄せた。
セリムの眉がピクリと動く。
「ザユラの民よ。この度はイルマが世話になった。心から感謝している」
「⋯⋯役に立てて何よりだ。彼は太陽の子。我ら砂漠の民は彼を守り、誓いを守る」
言葉は丁寧だが、二人とも明らかにむっとしている。⋯⋯何故だ?
「アルファンの族長は、私を攫いナヴァンに渡そうとした。助けてくれたのは、彼の父であるザユラの族長だ」
「どうして、ザユラは同胞よりもシェンを?」
セリムが口を開いた。
「⋯⋯ナヴァンはクァランを手に入れたがっているが、砂漠の民を思いやってはいない。スターディアは、形は服従であっても我らの自治を認めている。父は長い間友好に努めてきたシェンバー王子を友だと言っている」
「砂漠の民は、人情に厚い。一旦親交を結んだ者を無下にはしない。それもあって、父や兄は私を武の長に据えたままなんだ」
──砂漠の民は、彼らを傷つけない。
ぼくは、セリムが言った言葉を思い出していた。
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