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第二部 眼病の泉
第15話 逢瀬①
しおりを挟む空には満天の星と、白く輝く月があった。
月は星々の輝きさえ消し去るような、圧倒的な光を地に放っている。
冴え冴えとした光が、地に在る物の輪郭をくっきりと浮かび上がらせた。
侵入者たちは3人だ。
月明かりに照らされ、驚くほどはっきりと姿が見える。
砂漠を移動する商人たちのようだ。男たちが向かった先は、ラーナの泉だった。
ぼくは木々や家の影に入りながら後を追った。
月の光を受けて、泉の周りの岩はきらきらと輝いている。
滾々と湧く泉の水も、静かに月の光を映していた。
男たちは、懐から幾つもの革袋を取り出して水を詰めた。
だが、水は重く、運ぶのには限りがある。近くに駱駝の姿がないところを見れば、村の外に置いてきたのだろう。
名残惜しそうに泉を見ながら、腕に袋を抱えられるだけ抱えて、男たちはその場を離れた。
──村人たちに、知らせなければ。
木の影から離れて、走り出そうとした時だった。
背後から手が伸びて、ぼくの体を捕えた。
「!!!」
まだ他にも仲間がいたのか。
口許を手で塞がれる。
体を捩って何とか抜け出そうともがいても、相手はびくともしない。
冷汗が流れて、胸の鼓動が激しくなる。
「静かに」
耳許で低い声が響く。
「村人たちは侵入者の存在に気付いている。⋯⋯すぐに捕らえられるだろう」
村の出入り口の方から、一際大きな叫び声がした。
激しく争う声が聞こえ、足音と灯火が幾つも集まっていく。
「あれは⋯⋯」
「砂漠の民には砂漠の民の掟がある。彼らの法で裁かれるはずだ」
体を抑えていた力が緩む。
ぼくは、後ろを振り返った。
目の前に立つ姿は、口許以外は全て黒い外套で覆われていた。
背が高くて肩幅があって、鍛えられた体なのがわかる。
⋯⋯夢かな。
『ずっと一つのことばかり想っていると、夢魔に憑りつかれますよ』
幼い頃に、ルチアがよく言っていた。
目をごしごしと擦る。
「これも、夢なのかな」
思わず、言葉がこぼれた。
「市場で会った日から夢を見るんだ。せっかく会えたのに、すぐに消えちゃう夢⋯⋯」
「イルマ」
ぼくの名が呼ばれた。聞きなれた、甘い声で。
⋯⋯もう、魔物でもいいかな。こうして会えるなら。
ぼうっと眺めていたら、すらりと長い腕が伸ばされた。
肩を引き寄せられて、腕の中に抱きしめられる。
大きな手が、ぼくの髪を愛おしむように撫でた。大好きな人の仕草で。
「ごめん」
逞しい胸の中で息を吸ったら、乾いた砂の匂いに懐かしい匂いが混じる。
ぼくも背中に手を回して、ぎゅっと抱きついてみた。
温かくて、胸に顔を埋めても⋯⋯消えない。
もう一度手を伸ばして頬に触れた。確かめるように何度も頬を撫でた。ぼくより、いつも少しだけ冷たい肌。
すりすりと触っていると、くすくす笑われた。
⋯⋯触れても、消えなかった。
頬に触れたぼくの手を取って、そっと口づけられた。
「⋯⋯イルマ」
「その仕草も、呼び方も、みんな⋯⋯。シェンと同じだ」
でも、確かめることができなかった。
もう、目が熱くて痛くて、はっきり見られないから。本当にシェンだったら、ちゃんとこの目で確かめたいのに。
後から後から勝手に涙が溢れてくるんだ。
頭から被っていた外套が外された。月明かりに輝く黄金色の髪。
日に焼けた顔は、生来の美しさに精悍さが加わっている。
「夢? それとも、ほんもの?」
「本物」
ついばむ様に柔らかく口づけられた。
慰めるように瞼に口づけが降ってくる。繰り返し、何度もごめんと囁かれた。
両手でぼくの頬を包めば、こつんと額がぶつかった。
すぐ目の前にシェンがいる。
「⋯⋯シェン、⋯⋯シェン!」
ぼくは、小さな子どものように声をあげて泣いた。
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