6 / 202
Ⅰ.スターディア
第6話 末っ子王子と浮気者王子②
しおりを挟む「ちょっと! ぼくは大丈夫だから! 壊さないで!!」
この扉、質の良い一枚板で精巧な彫刻までされてるのに!!
慌てて王子の手を振り払って走り、扉の鍵を開けた。
廊下にはセツにサフィード。騒ぎを聞きつけた兵士たちが集まってきていた。
皆、ぼくの後ろに立つ人物を見て呆然としている。
サフィードの燃えるような視線だけが、背後に向かって突き刺さった。
「物は大切に! 壊すような真似はなりません。セツ、こちらに!」
セツがはっとして、中に入ってくる。
ぼくは素早く耳打ちした。
「サフィード、皆さん、私は大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」
その場にいた人々に向かって声を張り上げると、ほっとした雰囲気が流れる。
ぼくは振り返って、歩いてきた王子に向き直った。
「シェンバー王子、わざわざのお見舞い、痛み入ります。もう、ご心配なく」
ぼくはセツと目を見合わせて、頷き合った。
二人で王子の後ろに回り込み、揃ってドンっと背中を押す。
「な、なんだっっ」
不意を突かれた王子は、よろけるようにして部屋の外に押し出された。その途端、扉を閉めてしっかりと鍵をかける。
小柄でも二人揃えば、なんとかなるものだ。
ぼくは扉に向かって声を張り上げた。
「お気持ちは十分伝わりました。心置きなく故国に帰れます。サフィード、殿下をお部屋までお送りするように!」
「承知しました!」と扉の向こうで声が聞こえた。
扉が大きくドンッ!と叩かれ、言い争う声が聞こえる。
その後は、すっかり静かになった。
ぼくは長椅子に腰を下ろして、大きく息をついた。
「イルマ様⋯⋯」
「あー! つっかれたあ!! セツ、お茶淹れてー」
セツが息を呑む。
「扉の向こうに、置いてきてしまいました⋯⋯」
ぼくたちは、声もなく見つめ合った。
翌朝。
明け方に目が覚めたぼくは、フィスタで愛用していた服に着替えた。
衣装箪笥に用意された服に、ぼくはほとんど手を付けていない。スターディアの服は美しく触り心地もよいけれど、華美な物が多い。袖がひらひらしていたり、丈が長いものは動くのに不向きだ。
フィスタの服は、正装以外は絹ですらない。木綿のシャツと膝下までの短いズボンは、こちらでは侍従にしか見えないだろう。
ベッドを整え、寝間着をたたんで枕元に置く。
洗顔を済ませ、さっと髪を整える。「庭に出てきます」と一言書いて小卓に置いた。
そっと忍び足で廊下を歩き、螺旋状の広い階段を下りる。
働きだした人々の目から隠れるようにして王宮の庭に出た。
朝の空気は冷えていて、吸い込むと鼻の奥が痛い。
暗かった空の色がどんどん変わっていく。
ぼくは、人が動き出す前の時間が好きだ。
庭に咲く花々に朝露が宿り、きらきらと輝いている。
フィスタなら、この時間にはみんなが目覚めて、朝の祈りを捧げる時間だ。
どこかに神殿はないだろうか。
スターディアもフィスタも、同じ神を信仰している。
朝一番の祈りを捧げたかった。
王宮の庭は、どこまでも広い。
ぼくの滞在している客室は王子たちの住まいに近い東にあった。
王族や賓客を楽しませる目的で作られた庭は、庭師たちが丹精込めて世話している。
中央から外れた小道をどんどん歩いて奥に行くと、小さな神殿を見つけた。
そっと扉を開くと、先客がいる。
女神の像の前に跪き、一心に祈りを捧げていた。神に捧げる言葉が耳に快く響く。
ぼくは邪魔をしないように心の中で、同じように祈りを捧げた。
窓から日輪の輝きが差し込むその時間は、静謐で誰にも邪魔されない。
久々に心休まる気がして、ぼくは目をつぶって集中した。
「だれ?」
はっとして目を開けた時には、瑠璃色の瞳がぼくを見ていた。
一瞬、シェンバー王子かと思って驚いたが、目の前の人物の髪は淡い白金の色だった。それに、まだどこかに幼さを感じさせる線の細さだ。これは王族の一人だろう。王子たちとよく似た美しい顔立ち。
「どうして、ここに入ってきたの? ここは、王族以外、立ち入り禁止だ。勝手に入ったのがわかったら、罰を与えられるよ」
「え⋯⋯あ、すみません。知らなくて⋯⋯」
「新しく入った子なのかな? 誰かの侍従?」
ぼくの服装を見た彼は、困ったように眉を寄せる。
「⋯⋯今日のことは黙っていてあげる。もう、入ってはだめだよ」
「は、はい。申し訳ありません⋯⋯」
咄嗟に謝って、立ち上がる。ぼくと彼の背丈はあまり変わらなかった。
礼をして去ろうとした時、彼は言った。
「待って。ねえ、何て名前?」
「イ、イル⋯⋯」
「イル?」
ぼくは、こくこくと頷いた。
深い瑠璃色の瞳が、ぼくの顔をじっと覗き込んだ。
「珍しい色の瞳だよね。明るい蜂蜜みたいな。この国では見たことがない色」
「せ、西方の血が入っておりますもので⋯⋯」
じりじりと後ずさって、扉が背中についてしまう。
これ以上関わり合いになる前にと、慌てて礼をして扉を開けた。
ずっと見られているような気がしたけれど、振り向く勇気はなかった。
「そんなことがあったんですか!」
「うん、考えてみればちゃんと自分から名乗ればよかったんだけどね。驚いたせいかな、うまく言えなくて」
ぱくぱくと朝食を平らげながら、セツに話をする。
それにつけても、あの子は誰だったんだろう?
王族との食事会も体調が悪いとすっぽかし続けているから、誰が誰やらわからない。
「うーん、第3王子のミケリアス殿下ですかねえ。たしか、イルマ様より2歳下でいらっしゃるはず」
「へー、美形王子たちだねえ」
神に仕える聖職者でもおかしくなさそうな、清らかな雰囲気の王子だった。
どこかの爛れた王子とは大違いだな。
そう話していたところに、扉が叩かれる。セツの顔が引き締まった。
本日もシェンバー王子は、やってくるのか。
従者が来るのと王子が来るのとでは、わけが違う。
いつまでも避けてはいられない。
いざとなったら。
「⋯⋯夜逃げ、だな」
「ですね」
王子に従者一人と騎士一人なら身軽でいい。
ぼくとセツは、顔を見合わせて頷いた。
52
お気に入りに追加
1,052
あなたにおすすめの小説
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる