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Ⅰ.スターディア
第3話 浮気者王子と黒髪の騎士①
しおりを挟むぼくはただいま、修羅場に遭遇している。
夫となる者がベッドに自分以外の相手を引き入れている。しかも初対面の日に。
人は、それを修羅場と呼ぶのではないだろうか。
これはたぶん、間違ってないと思う。
「おおお、王子!!!」
スターディアの宰相が気の毒なほど青くなっている。
ぼくは、ため息を一つ吐いて、言った。
「着いたばかりで何ですが、流石にこれは看過できません。国に帰ってもよろしいですよね?」
婚約者が到着したと言うのに、待てど暮らせど挨拶にも出て来ない。
じゃあ、王子の顔を見に部屋に伺いますと言ったら、出迎えの大臣たちが一斉にうろたえた。
「ご一緒にいかがです?」と宰相を逆に誘って王子の部屋にやってきたら。
女を寝室に引き入れて、ご就寝ときたものだ。
もしもの時の為に、両国に関係ない第三者が必要だ。
そう思って、さりげなく廊下で声を掛けた中立国の大使も後ろに控えている。
彼は一言も発さずに黙っているが、賢明な判断だと思う。まさかこんなことに出くわすとは思ってもみなかっただろう。全くお気の毒だ。
でも、大事な生き証人だからね。絶対に逃したりはしないよ。
「あ、慰謝料はそちらの女性からも頂戴します」
ぼくは抜かりなく告げる。
美しい部類に入る女は、突然室内に乱入した者たちに驚いたのだろう。
豊満な体を布で隠しながら、真っ青な顔で震えていた。
「国と国との間に亀裂が入る事態を引き起こしていますから、正当な裁きを要求します。そこのロダナムの大使殿には証人になっていただきます。よろしいですね?」
大使はぼくと宰相の顔をかわるがわる見て、最後に重々しく頷いた。
宰相の後ろに立っていた外務大臣は、へなへなと崩れ落ちた。
顔を両手で覆っている。気の毒な気もするけど、下手に絆されてはいけない。
ぼくは、頭の中で一つの言葉を思い出していた。
乳母は言った。
イルマ様、たとえ転んでも、ただで起きてはなりません。
わかってるよ、ルチア。
来たばかりだと言うのに、あんまり早く帰るのも何だけど、まあ仕方ないよね。
もらうものは、しっかりもらってから帰るから。
ふわああ、とあくびをするのが聞こえた。
二本のすらりとした腕が伸ばされ、裸の体があらわになる。
確かに、この世に二つとない美貌、と呼ばれたのがよくわかる。
顔も体も、彫刻家が魂の全てをかけて作り上げたかのようだ。
胸元までさらさらと流れる黄金色の髪。すっと通った鼻梁に少し薄目の形の良い唇。眉は綺麗な曲線を描いている。閉じたまぶたを縁取るのは長い睫毛だ。
体は見事な筋肉で形作られていて、無駄な脂肪がない。おや?と疑問に思う。噂どおりの自堕落さで、こんな見事な体ができるものだろうか。
均整の取れた体が起き上がり、輝く髪をかきあげた。
深い瑠璃色の瞳が開かれ、ぼくの姿を捉える。発する声さえも耳に快く甘く響く。彼は訝しげに言った。
「だれ、おまえ?」と。
だからぼくは、はっきりと答えた。
「貴方の婚約者だった者です。シェンバー王子」
後ろで誰かが倒れた音と悲鳴が聞こえた。
「イルマ殿下!!」
部屋に帰ろうと廊下を歩いていたぼくを呼び止める声が聞こえた。
「エルダシオン王太子殿下」
ぼくは、驚いて歩みを止めた。
肩までの黄金の髪、凛々しい眉に瑠璃色の瞳。同じ父母を持つだけあって、面差しがシェンバー王子とよく似ている。スターディアは、どうやら美形の家系らしい。
先ほど会ったばかりの元婚約者と違うのは、兄の方が男性的な顔立ちな事。そして、威厳と高潔な雰囲気を纏っている点だろうか。
余程急いで駆け付けたのだろう。王太子は額に汗をかいていた。
「弟が大変な無礼を⋯⋯。何とお詫び申し上げたらよいか」
「何も、殿下が謝罪なさる必要はございませんよ」
ぼくは明るく言った。
「お聞き及びのことと思いますが、わたくしは本日限りで、シェンバー王子との婚約を破棄させていただきます。先ほど、そちらの外務大臣に申し上げましたが、婚約破棄の慰謝料請求及び二国の友好破綻の原因となる弟殿下の素行を訴状にて改めてお渡し致します。我が故国に頂戴した結納金及び物品の数々は慰謝料の一部として頂戴します。諸々の証人にはロダナムの大使がおりますので」
王太子殿下は、目を見開いてぼくを見ている。
えーと、なんて言うんだっけ?鳩が豆鉄砲を食った、だっけ?
「では、ごきげんよう。王太子殿下」
ぼくは、兄になるはずだった人に一礼した。その後は、振り返ることなく廊下を進んだ。
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