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60.大公の息子 ②
しおりを挟むぐうッという呻き声に続いて、獣の咆哮のような声が闇の魔導士から漏れた。彼はもう、オリーの光魔法に耐えられない。背後の男を守っていた体は光に焼かれ、とうとう黒煙となって空間に舞い上がる。漆黒の闇は、光の中に跡形もなく消えた。
魔導士の後ろにいた男は、恐怖に歪んだ顔でオリーを睨んだ。オリーの右手から、白い炎のような揺らめきが上がる。
「オリー!!」
僕は必死で叫んだ。オリーの右腕にしがみつくと、はっとしたように、オリーが僕を見た。
「なんで⋯⋯。ラウェル?」
まるで今気がついたかのように、オリーの力の放出が止んだ。ほっとしてよろけそうになったところを、僕は何とか踏みとどまる。オリーは僕の腰を掴んで、自分の方に引き寄せた。
目の前で、頽れている男が顔を上げた。
「⋯⋯ユノエ様」
北の大公の息子。まさかと思った人物だった。カランカンのオリーの元に何度も通って来た美丈夫は、穏やかで優しい印象しかない。
「北の大公家はずっと、王家の動向を探っていた。ユノエはカランカンが国中の情報を集めているとの間諜の知らせを、自分の目で確かめに来たんだ」
⋯⋯何代も前に王家から分かれて北の地で着々と力を蓄えた一族は、自分たちが国を支えているという自負があった。そして、王族が隠しているミツドリの存在を快く思っていなかった。
オリーの言葉に、憎悪を顔に浮かべながらユノエ様が続けた。
「ミツドリは王家を脆弱にさせる魔物だ。美しい容姿と声とで人の心を取り込み、己を鍛えることを疎かにさせる。リシュリムの王族はミツドリに心を奪われ、依存しすぎていた」
「⋯⋯だから滅ぼしたというのか。闇魔法と手を組んでまで」
「光も闇も元は一つの力でしかない。相手を滅ぼすために、どちらが最適なのかを選ぶだけだ。鳥人たちを滅ぼすには闇が有効だと知ったから、闇の魔導士を使ったまでのこと」
「⋯⋯父に、近づいたのは」
「単にきっかけを探していたにすぎない。そもそも叔母上の婚姻こそが、王家に入り込むことを狙っていたのだから」
震えるオリーの手を、そっと握った。ユノエ様の口車に乗ってはだめだ。彼はオリーの魔法を誘導している。怒りのままに力を暴走させれば、間違いなく自滅する。
オリーが息をついた瞬間、ユノエ様は体制を立て直し、地を蹴った。自分の腰の剣を引き抜いて、真っ直ぐにオリーに向かって走って来る。オリーが僕を庇った時、腰を低く落とした彼は、下から剣を突き出した。オリーの手の中の光が即座に剣を弾き飛ばす。さらに、小さなものが僕に向かって飛んできた。
「ふ⋯⋯ぐッ」
口から嫌な音が漏れる。胸に何かが当たっている。
僕は立っていることが出来なくなって、ずるずると床にしゃがみこむ。
「──ラウェル? ラウェルッ!!」
床にコトンと落ちたものがある。小さな、木の人形。
あれは、見た⋯⋯ことが、ある。⋯⋯どうして? なぜ、こんな、闇の色を?
「確かに、ミツドリの命を絶つには、剣など必要ないようだ」
「ユノエ! お前、何をした! ラウェルに何を!!」
大公の息子の口から笑い声が響く。とても昏い声が。
「木の人形に闇を纏わせただけだ。そして、持ち主の元に帰るよう魔力を込めた」
ユノエ⋯⋯の低い声が、切れ切れ⋯⋯に、聞こえる。
──久々にあの外れ屋敷の子ども部屋に行ったら思い出した。祖父の自室にも、同じような古ぼけた木の人形があったことを。魔導士は言った。「どうやらこの人形には、幼い子どもの念が入っております」と。あの屋敷にいた子どもたちは、お前たちだろう? ならば、呪いをかければいい。思念の主が二度と目覚めぬように。
オリーの怒りが伝わってくる。僕を抱きしめたオリーの体が細かく震える。
オリー、オリー⋯⋯。感情に⋯⋯のまれたら⋯⋯だめだ。
最後の⋯⋯日。もう来れないと言った、お⋯⋯じい⋯⋯ちゃんに、あげた。小さな、人形。一番、好きだった⋯⋯人形。
『おじいちゃん、これをぼくだとおもってね。ずっとずっと、もっててね』
『わかった、ラウェル。ありがとう』
──本当に、ずっと持ってて⋯⋯くれた。
体が冷たくなって、意識が遠くなる。オリーの絶叫が響き渡る。
目の前がふっと、真っ白な光に染まった。
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