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55.ダートと王太子 ①
しおりを挟む「待って、ダート! 待って!」
魔導士たちが一斉にオリーを拘束する。四肢を魔力で封じられたオリーは身動きが出来ない。
僕は必死でダートの腕を掴んだ。
「たしかにオリーは僕を王宮に連れてきてくれた。でも、僕は自分の意志で来たんだ! ダートに会いたくて、王宮に来たんだよ」
「⋯⋯私に? 王宮に故郷があるからではないのか?」
ダートの言葉は冷えたまま、ゆっくりと僕を見る。
「僕は生まれてすぐにここを離れた。故郷だと思っているわけじゃない。王宮に来たのは、ダートとゆっくり話がしたかったからだ。でも、その前にオリーを放して。さっきの命令を解いてほしい」
「聞く必要がないだろう。その男はミツドリの一族を滅ぼした男の息子だ。しかも、私のミツドリを奪った」
オリーの体がびくりと跳ねた。蒼空の瞳が揺れる。
「ダートの言うミツドリは、僕のこと? 僕は道具じゃないよ。リシュリムの王族の決まり事は知らないけど、僕は僕だ。勝手に誰かのものだと決めつけられるのなんてごめんだ。僕は、自分で相手を選ぶ」
「選ぶ?」
ダートはくっ、と小さな笑い声をあげた。笑い声は少しずつ大きくなっていく。途中で笑うのを止めて、ダートは言った。
「⋯⋯本当に選ぶことなど出来ると思うのか」
「ダート?」
「リシュリムのミツドリは、己の一族の安寧と引き換えに王族を守ってきた。王族はミツドリの歌で我が身を癒し、長く繫栄してきた。どちらかが無くなれば均衡は崩れる」
ミツドリたちは歌で、愛する者と一族を癒す。
僕は暗闇の中に累々と倒れたまま、動かないミツドリたちを思いだして、ぞっとした。
「代々ミツドリに頼ってきた王族たちは、己の体の治癒能力さえ弱まっていた。知っているか? 私の兄は⋯⋯、王太子は元々体が弱くてな、ミツドリの歌で何とか命を繋いできたのだ。彼はミツドリを伴侶としていた」
淡々と語るダートの言葉が恐ろしかった。それではまるで、王太子は自分の命を繋ぐ為にミツドリを伴侶に求めたみたいだ。
ダートの瞳は、僕を見ているのに何も見ていない。昼の光の中にいるのに、まるで一つの影のように朧げな生気しか纏っていない。
虚ろに語るダートの言葉に、僕の中に不安が広がっていく。これ以上聞かない方がいい、と何かが危険を知らせている。
「大樹の元に賊が侵入したあの晩、たくさんのミツドリたちが息絶えた。悲嘆に暮れる王族たちに、さらに訪れたのは混乱だった。伴侶を亡くした兄は、たちまち衰弱していく。元々、彼の本来の寿命は、もっと短かったんだろう。魔導士も医師も薬師も何も出来なかった。ミツドリの癒しよりも力のあるものは、この国に存在しなかった」
「ミツドリは、自分の命の輝きを歌にする。唯一の伴侶の為になら命を削ってでも癒そうと思うはずだ。たぶん、そのミツドリはずっと⋯⋯」
⋯⋯王太子の為に、自分の命を使っていただろう。
「そうだろうな。彼女は、大樹の元にもろくに戻らず兄の側にいたというから。⋯⋯だが、あの日は一つ卵がもうじき孵化しそうだと聞いて、祝うために大樹の元にいた」
ならば、僕に祝福を授けた、あのミツドリたちの中にいたのか。優しい声で歌い、大きな羽で撫でてくれた。
「その伴侶を喪った兄は、伴侶以上に己の命を失うことを恐れた。起きることも出来なくなった彼は、枕元に私を呼んで言ったんだ。『歌え』と」
「歌えって、ダートに?」
「そうだ、この私にだ」
僕は耳を疑った。だって、ダートは人の中で育てられたはずだ。一族から離されて、十になるまでは王族としてミツドリに会ったこともなかったはず。確かにミツドリなら、歌うことは当たり前のように出来るけれど⋯⋯。
ダートは僕を見て笑った。見たこともないような昏い笑顔だった。
「お前の中には半分ミツドリの血が流れているのだから歌えるはずだ、と言うんだ。私はその時初めて、自分が母の子ではないと知った」
「⋯⋯そんな」
「兄だけじゃない。呆然とする私に母も言った。歌ってくれ。王太子を助けろと」
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