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49.詩人と王都への道 ①

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 賑やかな声に目が覚めると、オリーは部屋にいなかった。
 昨日は疲れて、宿が決まるとすぐに寝てしまった。宿の寝台は硬いけれど、野宿に比べればどうってことはない。

 窓についている木の扉を開けて階下を見れば、ここは街道に面した宿だった。多くの人々がせわしなく行き交う。人を見るのが久々すぎて思わずまじまじと眺めてしまった。もう何か月もアナンたち以外の人を見ていない。親子に商人、旅姿の者たち。道を行く旅人の一人が顔を上げた。たまたま目が合うと、何故かこちらを見て手を振っている。吟遊詩人だろうか。竪琴を持っていた。

「おーい、美人さん、降りてこないか?」

 あれは僕に言ってるんだろうか。きょろきょろすると、笑い声が聞こえた。

「あんたに言ってるのさ。おいでよ、一人? 私の歌を聞かないか?」
「歌?」

 詩人が手に持った竪琴の弦を鳴らした。綺麗な音だ。
 身を乗り出して答えようとした瞬間、目の前の扉がバタンと音高く閉ざされた。長い両腕が僕の体を囲うように後ろから伸びている。見上げると、オリーが眉を上げたまま、怒った顔で睨んでいる。

「全く、もう。何もわかってない⋯⋯」
「オリー」
「ちょっと、そこに座って」

 僕は寝台の上でオリーと向き合い、いきなりお小言を言われる羽目になった。

「ラウェルは、危機能力が無さすぎる」
「きき⋯⋯」
「いい? これから王都に向かうんだ。俺たちは、出来るだけ人目につかないようにしないとまずいんだよ」

 誰かに声をかけられても気軽に返事をしないこと、絶対にオリーに黙って、一人で他人についていかないことを約束させられた。
 もう小さな子どもじゃないのに、と思っていると、オリーは隠しから革袋を取り出した。

「ラウェルが寝ている間に、外を少し見てきた。市が立っていたから買ったんだ」
「僕にくれるの?」

 オリーが頷くので中を見れば、縁に飾りのついた美しい手鏡が入っていた。鏡は貴重品だ。驚いてオリーを見ると、真剣な表情で言う。

「よく見てごらん。それが、今のラウェルだ」

 そういえば、北の屋敷で変化を起こしてから、自分の姿を見たことがない。
 僕は手鏡を前に、ごくりと唾を飲みこんだ。

 磨き抜かれた鏡に自分を映すのは、何だか怖い。恐る恐る覗き込むと、思わず目を丸くした。そこにいたのは、見慣れた自分ではなかった。

 丸みを帯びた顔の線はすっと細くなり、白磁の肌を持つ小さな顔が映っていた。細い三日月のように形のいい眉、煙るように長い睫毛が縁取る瞳。茶色の瞳はくっきりと大きく、星のように煌めいている。すっと通った鼻に、瑞々しく潤んだ唇。ふわりと柔らかな栗色の髪は、艶やかに背まで波打っていた。

 少女のような少年のような、不思議な美しさがそこにあった。首から肩にかけては、ほっそりとなだらかな体の線が窺える。

「⋯⋯これ、僕?」
「ラウェルだ。もう少しで完全に成鳥になろうとしている」
「こんなに、細かった?」
「元々、ミツドリの一族は体が軽い。成鳥になると、羽ばたくのに適した体になるために、さらに体全体の変化が進む」

 少し前までは、子どもだったのに。アナンにも散々、ちびって言われていたのに。

「ミツドリって、皆こうなの?」
「こうって?」
「なんだか⋯⋯。すごく」

 言い淀んでいると、オリーが静かな声で言う。

「綺麗だろう?」
「う、うん⋯⋯」
「⋯⋯ミツドリは、見惚れるほど美しい者ばかりなんだ。だから」

 オリーはきっぱりと言った。
 今までのように、気軽な気持ちでいるのは困る、と。

「例え、ミツドリの力を知らなくても、外観だけで攫おうとする者はいるかもしれない」

 確かに、オリーの言うとおりだった。頭の中に、綺麗な鳥籠に入れられて歌う小鳥の姿が浮かぶ。ぞっとした。攫われて閉じ込められるなんて、冗談じゃない。この先も平穏無事に王都に向かいたいなら、用心しなければならない。
 ちょうど今日はラザックに市が立っている。オリーと買い物に行くことにした。必要なものを揃えてから旅立つほうがいい。

 オリーは少し考えて、僕にオリーの上着を羽織るように言った。あれならすっぽりと全身がくるまれる。何しろ僕は肌身離さず、彼の上着を持っていた。

「僕、この上着大好き。オリーと、ずっと一緒にいるような気がしてた」

 何も言わなかったけれど、オリーの耳は少し赤くなっていた。
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