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47.幼子と北の屋敷 ①
しおりを挟むオリーの魔力でふわりと浮いた体は、あっという間に屋根裏の物置部屋に立っていた。少し前に来た時とは全然違う。はっきりと視力が戻った瞳で見れば、思ったよりもずっと広い。小さな寝台が二つ並んでいて、部屋の中には衣装箪笥と衣装箱がある。
⋯⋯ここは。
不思議なほど懐かしい感じがする。床を踏みしめて衣装箱に向かう。蓋を取れば、幾つも木で彫られた人形が入っていた。叩けば音の鳴る木琴も。
⋯⋯これは。
木の人形を手に取る。
『もっと、おはなしして。まだあそびたい』
『もう寝る時間だよ。また明日遊ぼうね』
『じゃあ、おうた、うたって。おうたきいたら、ねるの⋯⋯』
『わかった。小さな声で歌うよ。ラウェルの好きな歌にしよう』
ゆらゆらと、遠い日の記憶が揺れる。
『大きなベッドはオリヴィエに。小さなベッドはラウェルに』
そう言われていたのに、僕がいつも一緒に寝ようとするから、仕方なく寝台は二台ぴたりとつけていたんだ。
「オリー! ここ」
オリーは子ども用の小さな寝台に腰かけて、僕の様子を見守っていた。
「⋯⋯どうして、気がつかなかったんだろう?」
僕は、もっとずっと幼い頃、ここで暮らしたことがある。子ども部屋で過ごして、屋敷の中を走って、庭の花を摘んだ。
「ここを出る時に、ラウェルが少しずつ屋敷での記憶を忘れていくようにと、祖父が魔導士に依頼したんだ。ただ、ミツドリに下手に魔力を使うことは出来ないから、どちらかというと暗示のように魔法を使った。幼いこともあって、ラウェルは成長に従ってここでの暮らしを忘れていった」
「どうして、僕はここに? ここは、誰の屋敷だったの?」
「ここは、北の大公の持ち物の一つ。前の大公だった俺の祖父が、俺とラウェルを匿った屋敷なんだ」
「前の⋯⋯大公?」
「ああ、もう亡くなった。祖父が亡くなる前に、俺たちはここを出て旅を始めたんだ」
花を摘んでいると、時々体の大きな老人がやってきた。いつも優しく頭を撫でてくれた。微かに浮かぶ優しい面影。
「⋯⋯おじいちゃん?」
「お前だけは、俺の祖父をそう呼んでいた」
「僕⋯⋯少し、おぼ⋯⋯えてる。膝に乗せてくれた。僕の歌を喜んでくれた」
「ラウェルは祖父にすごく懐いていたからな」
彼は優しかった。時折この屋敷を訪れて、僕とオリーと三人で過ごす。たくさんの本や玩具を土産に持ってきては、静かに話をした。
自分とオリー以外の人の前で歌ってはいけないと、繰り返し教えられた。人はミツドリの歌に魅きつけられる。でも、ミツドリは誰の前でも歌っていいわけじゃない。人の欲は悲しい結果を招くものだ。
──本当に大切な相手の為にだけ、お前の歌を歌いなさい。
ある時、やってきた大公は、ひどく顔色が悪かった。いつもなら気軽に膝に乗る僕も、その日は傍らで手を握るだけだった。
『おじいちゃん、つらいの? からだ、いたいの?』
『そうだ。もう少し頑張りたかったが、そうもいかぬようだ』
『おじいちゃん、ねえ、ぼく、おうたうたうよ』
『⋯⋯これ以上は、どうにもならん。お前はお前の大事なものの為に歌うんだ。オリヴィエと共にここを出て、二人で生きなさい、ラウェル』
大公は、僕とオリーを胸の中に抱きしめた。
僕は悲しくて仕方がなかった。オリーと一緒に育った屋敷が好きだった。おじいちゃんと慕った大公が好きだった。それなのに、どうして出て行かなければならないのか。
「オリー、どうして、僕たちはここを出て行くことになったの?」
「⋯⋯元々、俺たちは父の最後の魔力で王宮から弾き飛ばされたんだ。その時に母が自分の父である祖父に命がけで頼んだ。子どもたちを助けてくれと」
十にもならない王族の子と生まれたばかりのミツドリ。そのままでは死んでしまう。ミツドリたちを滅ぼす手引をした王弟の子を見つければ、王が生かすはずもない。
祖父は承諾した。自分の持つ力をすべて使って、俺たちを領地の外れにある屋敷の一つに匿ったのだ。
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