45 / 72
45.優しさと愛情 ①
しおりを挟む「アナンは、それでいいの?」
僕の問いにアナンは驚いた顔をして、少し考えこむ。
「そうだなあ。本当は元通りになってほしいと思ってる。それでも、シオンの気持ちを大事にしたいんだ。獣の時と比べたら、意思が通じるだけでもすごいことだからな」
アナンの笑顔に、胸がぎゅっと痛くなる。兄の気持ちを尊重する弟の心は、深い愛情に満ちていた。目を閉じると、きらきらと美しい光が集まってアナンの形を作る。
「わかった。話してくれて、ありがとう」
「⋯⋯悪かったな。俺は兄貴を助けるためには何をしてでも、って思ってたんだ。お前や使用人を傷つけることもどうでもよかった。それは自分勝手で、シオンが望むようなことでもなかったのに」
「僕は兄弟がいないけど、オリーに呪いがかけられたら、何とかして元に戻そうとすると思う。だから、アナンの気持ちもわかるよ」
僕が隣を見ると、黙っていたオリーがにこっと笑った。アナンがぼそりと呟く。
「⋯⋯そいつに呪いをかけられるような奴がいるとは、思えないけどな」
「うん。僕もそうは思うけど⋯⋯、そうじゃなくてね」
機嫌のいいオリーが、笑顔のまま僕にぴたりと体を寄せた。
シオンを探しに庭に出ると、長身の背が空を見上げていた。
「シオーン!」
黒髪がなびいて、整った顔がこちらを見る。
僕が走っていくと、ぱっと笑顔が向けられて腕が広げられた。嬉しくなって、思い切り胸の中に飛び込んだ。シオンからは、汗と花の匂いがする。シオンはいつも僕に花を摘んでくれる。今も、庭の花の様子を見に来てくれたのだろうか。
シオンに呪いをかけた人は、どんな気持ちだったのかな。⋯⋯きっと、シオンのことをすごく好きだったんじゃないかな。シオンは優しい。優しさと愛情が一緒ならいいけど、違うものだったら。
鼻の奥がツンと痛くなる。
僕は、シオンの腰に手を回して、ぎゅうぎゅう抱きついた。シオンがくすくす笑う。まるで幼い弟を想うような、慈愛に満ちた光が僕を包む。シオンの愛情はとても気持ちがいい。
だから、僕は知らなかった。僕たちを屋敷の窓から眺めていたオリーの様子をアナンがこっそり教えてくれるまでは。
『おい、悪いのはシオンじゃないぞ。あいつだからな! うちの兄貴に、これ以上余計な呪いをかけるなよ』
『⋯⋯わかってる』
『オリヴィ、お前、本当にわかってるなら、その冷気を止めろ! 俺たち兄弟にはろくに魔力がないんだから!』
オリーの気持ちに何も気づかず、優しく髪を撫でてくれるシオンを見上げた。
「シオン、僕ね、ここを出ようと思うんだ」
「⋯⋯ア、ウェ?」
「うん、この間は何とかなったけど、また監察官たちが来るかもしれないでしょう? 今度こそ見つかったら、シオンたちも大変なことになる。僕は、屋敷を出て行くよ。オリーも一緒に行くと思う」
オリーはこの先、僕と離れないだろう。僕もオリーと二度と離れたくない。
シオンの瞳が揺れて、とても悲しんでいるのがわかる。その瞳を見ていたらすごく切なくなって、僕も泣きたくなった。ここには、大事にしてもらった思い出がたくさんある。
「初めて会った時はすごく怖かったけど、今はシオンのことが大好きだから。もし、僕の力が必要になったら呼んでね。どこにいても、必ずとんでくるよ。シオンたちの力になりたいんだ」
シオンの睫毛が震えて、ゆっくりと頷いた。
部屋に戻ると、オリーが一人で窓辺に立っていた。オリー、と声をかけても答えはない。窓からは、外に出たアナンがシオンと話しているのが見えた。
綺麗な横顔は、ちっとも僕の方を見てくれない。よく見ると、少しだけ口が引き結ばれて、目が細くなっている。これは言いたいことがある時だ。
背中からぎゅっとオリーにしがみつく。肩がびくりと跳ねるのが見えた。
「⋯⋯ごめんね。今まで、僕がちびで色々気づかないから、オリーはいつも、我慢してたんだよね。少しは大きくなったでしょう? 体だけじゃなくて、色々成長できるように頑張るから。オリーが、僕に何でも話してくれるように」
広い背中に顔をうずめながら言えば、小さな声が聞こえた。
22
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説
【R18】黒曜帝の甘い檻
古森きり
BL
巨大な帝国があった。
そしてヒオリは、その帝国の一部となった小国辺境伯の子息。
本来ならば『人質』としての価値が著しく低いヒオリのもとに、皇帝は毎夜通う。
それはどんな意味なのか。
そして、どうして最後までヒオリを抱いていかないのか。
その檻はどんどん甘く、蕩けるようにヒオリを捕らえて離さなくなっていく。
小説家になろう様【ムーンライトノベルズ(BL)】に先行掲載(ただし読み直しはしてない。アルファポリス版は一応確認と改稿してあります)
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
【BL】攻めの将来の為に身を引こうとしたら更に執着されてハメられました
めめもっち
BL
名前無し。執着ハイスペ×地味な苦学生。身分格差。友達から始めた二人だったが、あまりにも仲良くしすぎて一線を越えてしまっていた。なすがまま流された受けはこのままでいいのだろうかと悩んでいた中、攻めの結婚を聞かされ、決断をする。
2023年9月16日付
BLランキング最高11位&女性向け小説96位 感謝!
お気に入り、エール再生ありがとうございます!
彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた
おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。
それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。
俺の自慢の兄だった。
高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。
「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」
俺は兄にめちゃくちゃにされた。
※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。
※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。
※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。
※こんなタイトルですが、愛はあります。
※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。
※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。
少年売買契約
眠りん
BL
殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。
闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。
性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。
表紙:右京 梓様
※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる