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45.優しさと愛情 ①

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「アナンは、それでいいの?」

 僕の問いにアナンは驚いた顔をして、少し考えこむ。

「そうだなあ。本当は元通りになってほしいと思ってる。それでも、シオンの気持ちを大事にしたいんだ。獣の時と比べたら、意思が通じるだけでもすごいことだからな」

 アナンの笑顔に、胸がぎゅっと痛くなる。兄の気持ちを尊重する弟の心は、深い愛情に満ちていた。目を閉じると、きらきらと美しい光が集まってアナンの形を作る。

「わかった。話してくれて、ありがとう」
「⋯⋯悪かったな。俺は兄貴を助けるためには何をしてでも、って思ってたんだ。お前や使用人を傷つけることもどうでもよかった。それは自分勝手で、シオンが望むようなことでもなかったのに」
「僕は兄弟がいないけど、オリーに呪いがかけられたら、何とかして元に戻そうとすると思う。だから、アナンの気持ちもわかるよ」

 僕が隣を見ると、黙っていたオリーがにこっと笑った。アナンがぼそりと呟く。

「⋯⋯そいつに呪いをかけられるような奴がいるとは、思えないけどな」
「うん。僕もそうは思うけど⋯⋯、そうじゃなくてね」

 機嫌のいいオリーが、笑顔のまま僕にぴたりと体を寄せた。



 シオンを探しに庭に出ると、長身の背が空を見上げていた。

「シオーン!」

 黒髪がなびいて、整った顔がこちらを見る。

 僕が走っていくと、ぱっと笑顔が向けられて腕が広げられた。嬉しくなって、思い切り胸の中に飛び込んだ。シオンからは、汗と花の匂いがする。シオンはいつも僕に花を摘んでくれる。今も、庭の花の様子を見に来てくれたのだろうか。

 シオンに呪いをかけた人は、どんな気持ちだったのかな。⋯⋯きっと、シオンのことをすごく好きだったんじゃないかな。シオンは優しい。優しさと愛情が一緒ならいいけど、違うものだったら。

 鼻の奥がツンと痛くなる。
 僕は、シオンの腰に手を回して、ぎゅうぎゅう抱きついた。シオンがくすくす笑う。まるで幼い弟を想うような、慈愛に満ちた光が僕を包む。シオンの愛情はとても気持ちがいい。
 だから、僕は知らなかった。僕たちを屋敷の窓から眺めていたオリーの様子をアナンがこっそり教えてくれるまでは。

『おい、悪いのはシオンじゃないぞ。あいつだからな! うちの兄貴に、これ以上余計な呪いをかけるなよ』
『⋯⋯わかってる』
『オリヴィ、お前、本当にわかってるなら、その冷気を止めろ! 俺たち兄弟にはろくに魔力がないんだから!』

 オリーの気持ちに何も気づかず、優しく髪を撫でてくれるシオンを見上げた。

「シオン、僕ね、ここを出ようと思うんだ」
「⋯⋯ア、ウェ?」
「うん、この間は何とかなったけど、また監察官たちが来るかもしれないでしょう? 今度こそ見つかったら、シオンたちも大変なことになる。僕は、屋敷を出て行くよ。オリーも一緒に行くと思う」

 オリーはこの先、僕と離れないだろう。僕もオリーと二度と離れたくない。
 シオンの瞳が揺れて、とても悲しんでいるのがわかる。その瞳を見ていたらすごく切なくなって、僕も泣きたくなった。ここには、大事にしてもらった思い出がたくさんある。

「初めて会った時はすごく怖かったけど、今はシオンのことが大好きだから。もし、僕の力が必要になったら呼んでね。どこにいても、必ずとんでくるよ。シオンたちの力になりたいんだ」

 シオンの睫毛が震えて、ゆっくりと頷いた。



 部屋に戻ると、オリーが一人で窓辺に立っていた。オリー、と声をかけても答えはない。窓からは、外に出たアナンがシオンと話しているのが見えた。
 綺麗な横顔は、ちっとも僕の方を見てくれない。よく見ると、少しだけ口が引き結ばれて、目が細くなっている。これは言いたいことがある時だ。
 背中からぎゅっとオリーにしがみつく。肩がびくりと跳ねるのが見えた。

「⋯⋯ごめんね。今まで、僕がちびで色々気づかないから、オリーはいつも、我慢してたんだよね。少しは大きくなったでしょう? 体だけじゃなくて、色々成長できるように頑張るから。オリーが、僕に何でも話してくれるように」

 広い背中に顔をうずめながら言えば、小さな声が聞こえた。
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