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30.不意の訪問者 ② 

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 二人が出て行った後は梯子が外され、僕が内側から扉になっている板を閉めた。これで下の部屋からは、唯の天井にしか見えないだろう。魔石の明かりをつけてもらったので、部屋がぼんやりと明るく感じられる。ゆっくり慎重に歩いて寝台に戻った。

 子ども用の寝台は小さくて、体を伸ばすと足がつかえてしまう。二つ並んだ寝台の大きさが違うのは、この屋敷に兄弟がいたということだろうか。この物置部屋は、まるで隠れ家のようだとアナンが言っていた。
 床に置かれた衣装箱の中には、古い楽器や木で作られた玩具がいくつも入っているそうだ。目が見えたら見てみたかった。

 一人残された部屋は、とても静かだ。周りに誰もいない状況なんて、ここに来てからほとんどなかった。僕はいつの間にか、シオンたちと過ごすのが当たり前で、二人に大事にされていたことに気がついた。王宮で知った事実とダートの言葉に、この心臓は確かに止まりかけていた。何とか命を繋ぐことが出来たのは、シオンの献身とアナンの優しさのおかげだ。

 横になって体を丸めると、まるで世界中で一人きりになったような気がした。ひどく寂しくて、枕元に置いたオリーの服を、ぎゅっと抱きしめる。オリーはカランカンで着飾るようになってから華やかな香りを身につけることが増えたけれど、旅の最中はそんなことはなかった。抱き着けば仄かに花の香りがした。それは僕の為に、いつも蜜を持つ花を探していたからだ。

 ⋯⋯オリー、今、どうしてるかな。オリーと離れてから、一体どれだけの時間が経ったんだろう。

 胸の奥がズキンと痛む。
 あの時は少しでも遠くに行きたかった。もう、何も聞きたくないと自分から逃げてきたのに、どうしてだろう。不安になったり寂しくなったりすると、オリーのことばかり思い出す。ほとんど消えかけているオリーの香りを、少しでも自分の元に引き寄せたいと願う。

 目を瞑って、声に出さずにオリーの名を呼んだ。いつの間にか、僕は深く眠ってしまっていた。


 何かが近づく。
 ふっと意識が引き戻される。

 扉がバタンと開き、階下を歩き回る靴の音がする。

「お待ちください、そこは子ども部屋です!」
「⋯⋯よく知っているな。時間を持て余して、屋敷中を歩き回ったか?」
「そんな!」

 一人、二人⋯⋯。
 何人もの人が行き交う気配に、部屋の中の扉を次々に開ける音。

「お前たちが、何度聞いても自分たち以外に誰もいないと言うから、こうして探す羽目になる。匿うなどせずに、さっさと差し出せばよいものを」 
「誰も匿ってなどおりません! 何度も申し上げたではありませんか!」

 ⋯⋯アナンと⋯⋯、誰? 
 一気に目が覚めた。体中の毛が逆立つ。

 耳を澄ませて、階下から聞こえる『音』に集中する。大樹の元に行ってから、僕の体は大きく変化した。人の感情を痛覚に感じるだけじゃない。聴覚が鋭くなり、音そのものを今までよりもずっと多く聞き取れるようになった。まるですぐ目の前で繰り広げられているように、階下の音を拾うことが出来る。

「王宮に潜ませている魔導士から、北の地に今までと違う気配がすると報告があった。なんとかこの辺りだということまでは突き止めたが、人が住めそうな場所は限られている。この屋敷の周辺には森しかない」
「恐れながら、魔導士の方々がこことはっきり定められたのではないのなら、勘違いの可能性もあるかと思いますが?」
「⋯⋯この屋敷は、魔導士と相性が悪くてな。彼らの力が及ばんのだ。昔からな」

 監察官なのか?

 声音に苦々し気な響きが混じる。低く通る声には聞き覚えがあった。でも、自分の覚えている彼と階下の冷淡な声音は、あまりにも違いすぎる。脳裏に浮かんだ人物を即座に否定した。まさか、彼のはずがない。

 監察官たちはアナンの静止も聞かずに部屋中を探し回った。アナンたちは、誰も匿っていないのなら、お前たちが止める必要もなかろうと言われて、身動きがとれずにいる。

 いずれ、ここも気づかれてしまうのだろうか?
 
 誰とも知らぬ目がこちらをじっと見ている気がして、嫌な汗がじわりと肌に浮かぶ。

「誰もおりません! 次の部屋に参りますか?」
「この部屋のような気がしたのだがな。勘など当たらぬ」

 次々に足音が去り、扉が閉まった。誰もいなくなっても、僕は横になったまま、長い間身じろぎ一つ出来なかった。
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