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27.二人と優しさ ①
しおりを挟む僕の体は、思ったよりも早く回復していった。
まるで動物が生まれたての子を育てるように、シオンは僕の世話を焼く。最初は甘すぎると兄に文句を言っていたアナンも、次第に何も言わなくなった。
「お前の世話をするのは、兄貴の為にもよさそうだ」
「でも、何だか赤ん坊になったみたい」
「⋯⋯昔から、シオンは世話好きだったけどな」
朝一番に咲く花の蜜を与えられ、寝台から出ようとすれば抱き上げられる。一人で動きたいと言えば、手を貸してくれた。僕も、シオンの心の動きは人影に映る光の多少で感じ取ることができた。凍りついたはずの心臓は砕けず、耳の奥でひび割れる音も聞こえない。これは皆、シオンたちのおかげだ。
シオンが僕につききりなので、自然にアナンも見張りがてら側にいることが増えた。アナンは大抵、廊下の扉に近い椅子に座って本を読んでいる。シオンが庭に花を取りに行ってしまうと、部屋にはアナンと二人きりだ。不思議なのは、アナンがいつも穏やかなことだった。王都で会った時の荒々しさは、微塵も感じられない。
「アナンは、カランカンで会った時と全然違う⋯⋯」
「ここのほうが、ずっと楽だからな。王都では俺に自由などなかった」
カランカンに出入りするほどの財力を持つ男が? 首を傾げる僕をアナンは笑った。
「大商人シュナンの跡取り息子として、朝から晩まで商売のことばかり叩きこまれてきたんだ。親父は俺をシオンの代わりにしようと必死だったが、どうでもよかった」
「どうして、シオンはあんな姿に?」
「魔女の呪いを受けたのさ。密かに呪いを解こうと何人も魔導士を呼んだが無理だった。親父は化け物になった長男を恥じて、死んだと吹聴した。そして、実際には強固な結界を張った地下牢に閉じ込めていたんだ」
「そんな⋯⋯。だから、アナンが一人息子だって言われていたのか」
「商人の子が呪われたと聞いたら、商売にも障りが出るかもしれないと考えたんだ。仕方がないとはいえ、親父は自分の息子よりも外聞をとったのさ」
アナンの言葉に悔しさが滲む。シオンは獣の姿のまま、どれほどの月日、あそこにいたのだろう。胸の奥が乱暴に掴まれたように痛む。
「あの日、お前を地下牢に放り込んだ後に、途方もない魔力で屋敷が壊された。俺はすぐに王国軍に捕らえられて兄貴に会ったんだ。驚いたよ、二度と人に戻った姿は見られないと思っていたのに。上手く言葉に出来なくても、シオンは必死にお前のことを伝えてきた。お前、結構な魔力を持っていたんだな」
誤解だ。滅多に魔力なんか使えない、と答えると扉が開く。たちまち花々の香りが部屋の中に流れ込んできた。その香りを吸い込むだけで、一気に体が楽になる。
「シオン、おかえり! すごくいい香り」
部屋に入ってきた影が、ぱっと大きな光を放った。シオンは僕が花で回復すると知ってから、必ず庭に出て花を摘んできてくれる。僕の鼻先に柔らかな花びらが触れた。滑らかで香り高い花にうっとりして両手を差し出せば、手の上に何本も摘んだばかりの花が置かれる。僕は指に触れた茎に、いくつも小さな窪みがあるのに気がついた。
「シオン、大丈夫? 手に怪我をしてない?」
「⋯⋯ア、アア」
僕は花を片手に持って、シオンの大きな手を取った。指先に触れると、びくりと手が震える。どうやら、棘が刺さった場所のようだった。
「ごめんね、痛かった? わざわざ茎から棘を取ってくれたんだね。⋯⋯ありがとう」
「兄さん、だから、いつも手袋をしろと言ってるじゃないか! 待ってろ、今、膏薬を取ってくる」
アナンが叫んで、気配が遠ざかっていく。
シオンは優しい。そして弟のアナンはぶっきらぼうだが、兄の事をとても大切にしている。
「アナンもシオンが心配だって、素直に言えばいいのに⋯⋯」
シオンが笑ったのがわかる。目が見えない分、人の気配が以前よりもよくわかるようになった。シオンの優しく包み込むような空気は、僕の体だけでなく心まで温めた。薬箱を持ってきたらしいアナンが小声になる。
「⋯⋯不思議だな」
「アナン?」
「お前たちが一緒にいるのを見ると、俺はいつも昔を思い出すんだ。俺たちの幼い頃を」
アナンは、それ以上何も言わなかった。
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