23 / 72
23.ラウェルと真実の刃 ①
しおりを挟む僕は大樹の幹から手を離した。大樹からは何も伝わっては来ない。それなのに。
ミツドリたちの嘆きと叫びが僕の耳に張り付いて離れない。
どうして?
⋯⋯どうして?
たくさんの痛みと悲しみが僕の心に流れ込んでくる。
あんなに光り輝いていたものは、もうどこにもない。僕とオリーに優しく触れた羽の温もりは消えてしまった。
オリーが背中から僕の体をそっと抱きしめた。懸命に支えようとしてくれているのがわかる。それでも、心は何も反応することが出来なかった。まるで感情の全てが凍りついてしまったかのようだった。
僕は一体どこに立っているのだろう。自分の立っている場所がゆらゆらと揺れ、今にも全てが崩れてしまいそうだ。
人が発する負の感情は、ミツドリを殺す。でも、それだけじゃない。
⋯⋯ミツドリは、悲しみで己の命を止めることができる。
ミツドリが命の最後の選択を自分で行えるのは、大いなる精霊の慈悲だと大樹が告げる。でも、大樹が見せてくれた物語は、とても慈悲だとは思えない。たくさんのミツドリが絶望の中で自分の心臓を止めた。幼鳥を庇って倒れた一羽の成鳥の姿が瞼の奥に浮かぶ。
侵入者たちが現れる半日前、オリーに抱きしめられた僕に、彼女は優しく微笑んだ。
『おいで、可愛い雛よ。あなたに名を与えましょう。どこにいても幸せに生きてほしい。私たちの希望、ラウェルナード』
群れの中の最年長のミツドリは、生まれた雛に名を授ける。彼らの最後の贈り物は名付けなのだ。僕に希望と名をくれたミツドリも、もういない。
名は宿命を刻む。
僕は一体何の、誰の希望になれると言うのだろう。群れのミツドリたちは、もう、どこにもいないのに。
「ラウェル」
「⋯⋯呼ばないで」
自分の口から出た言葉に自分で驚く。それでも、どうしようもなかった。僕は誰の希望にもなれない。自分の名が嫌だ。何もできなかったのに、誰も救えないのに、何が希望だ。
耳の奥で、ぱきり、と目に見えない音がする。ああ、これは僕の心臓が凍りつく音だ。
「ここに来たら、ラウェルはミツドリたちの過去を知ることになる。きっと辛い思いをするだろうとわかっていた。だから、ずっと迷っていたんだ。でも、ラウェルに話をするためには、どうしても来ないわけにはいかなかった」
柔らかな日差しが降り注ぎ、穏やかな風が吹き抜けても、生の気配がない場所。この地はどれほどの悲しみを抱いてきたのだろう。悲しみは長命な大樹の命すら、削り取っていったのだ。
僕は大樹の幹にそっと口づけた。
ありがとう、と思う気持ちを乗せれば、小さな言葉が返ってきた。
──会えてよかった。⋯⋯私のミツドリ。最後の希望。
大樹の中に残されたきらめきが消える。
僕に自分の記憶を伝えきった大いなる存在は、ゆっくりと眠りにつこうとしていた。
「大樹⋯⋯、希望なんかじゃない。僕は、何の役にも立たなかった。誰の希望にもなれない」
「ラウェル、それは違う」
力の入らない僕の体をオリーが振り向かせた。両肩を掴まれ、蒼空の瞳が真剣に僕を見る。
「オリー?」
「ラウェルがいたから、俺は今日まで生きてきたんだ。ラウェルがいなかったら、俺に生きる価値はなかった」
大げさだ、と言おうと思ったのに、言葉の代わりに涙が頬を伝う。肩に触れるオリーの手が温かくて、いつの間にか冷えた体に少しずつ体温が戻る。オリーの手が、僕の頬を優しく撫でた。指の背でそっと涙を拭われると、目の奥が熱くなって、もっと涙が零れてくる。
少し目を上げれば、優しい瞳があった。いつだって、ずっと僕の側にいてくれた。
「ラウェルは俺の希望だ。側にいてくれるだけでいい。他に望むものなんて一つもない」
僕を見つめるオリーは、息を飲むほど綺麗だった。顔立ちだけじゃない、そこには溢れるほどの真摯な気持ちがあった。オリーの想いが、真っ直ぐに自分に向かってくる。オリーが身を屈めて、僕に顔を近づけた。目の前に蒼空が広がり、互いの鼻先が触れそうになる。
「希望は、お前ひとりのものだとでも言う気か」
静かな声が響き、僕の体はふわりと宙に浮いた。
29
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる