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22.大樹と失われたもの ②
しおりを挟む僕は、大樹の幹から手を離した。肩に手を乗せていたオリーを振り返ると、オリーはまるで眩しいものを見るような目をしていた。
「オリー、い、今の、見た? オリーにも見えてた?」
オリーはこくりと頷く。
「雛を抱きしめたあの子は⋯⋯。オリーだよね?」
オリーは答えなかった。でも、僕にはわかる。あれはオリーだ。ダートじゃない。そして、孵った雛は、僕だ。
僕がオリーに向かい合うと、オリーは僕の瞳を見て、静かに話し始めた。
「⋯⋯遥かな昔、ミツドリたちは世界の山々のあちこちに群れを作って暮らしていた。心優しい鳥人たちは、花々の蜜を糧とする。一年中絶えず花が咲き、卵と雛を育む大木がある場所を好んで暮らした。だが、歌で傷や病を癒す力を持つ彼らは、時が経つと共に少しずつ数を減らしていった」
「なぜ?」
「世界に人が増え、彼らがミツドリたちに近づくようになったからだ。ミツドリが癒しの力を持つと聞いた人間たちは、彼らを捕らえて歌わせようとした。ミツドリたちは、どんどん姿を消した。⋯⋯何よりも」
ミツドリは人の負の感情に弱かった。憎悪や嫌悪、強欲や妬みを浴びれば弱り、さらに魔力を伴った負の力を受ければ命を落とす。
「無理やり檻の中で何日も歌を強いられたミツドリたちは、あっという間に死んでしまう。リシュリムに住むミツドリたちは、ずっと王家に保護されてきた。きっかけは、王族の一人がミツドリに惚れ込んで求愛したからだとも、時の国王の病を治したからだとも言われている。乱獲され、数を減らしたミツドリたちの為に、王宮の奥深く、魔法で彼らの故郷を模した空間が作られた。そこで、王族と魔導士たちは、代々ミツドリを大切に守り育ててきたんだ」
「ここが、その空間なの?」
「そう。王族とミツドリなら、自由に出入りできる」
僕の頭の中に、蔓薔薇の門をくぐる時にオリーが言った言葉が浮かんだ。
──ラウェル。ここは魔力は関係ない。俺とラウェルなら、入れるんだ。
蒼空の瞳に黄金の髪。長身な姿にはっとするほど整った顔立ち。オリーとダートは、どこか似ている。オリーもダートと同じ、リシュリムの王族だというのだろうか?
オリーと僕の間に、はらりと葉が落ちてきた。
「⋯⋯ラウェル。大樹の心が揺れている」
さわさわと風が吹き、大樹は大きく枝を揺らした。幹も葉も、光を帯びて淡く輝き始めたけれど、朧気だった。僕は両手を広げて大樹にぎゅっと抱きついた。
「大樹、全部聞くから教えて」
大樹が一瞬強く輝いたかと思うと、光の奔流のように過去が流れてきた。大樹と僕の記憶が入り混じる。
夕闇が訪れ、大樹の周りではたくさんの鳥たちが休んでいた。幼子たちは人の姿をとった成鳥たちに抱かれて眠る。生まれたばかりの僕は、温かい人の子の腕に抱かれたままだった。
──⋯⋯空気が、変わった。
普段と違う気配を感じ取ったミツドリたちが、一斉に体を震わせる。
何かが、やってくる。
ざわりと空気が震え、ぞっとするような暗い予感が走る。空間が揺らいで、どろりと闇を煮詰めたように真っ暗な穴が、空中にぽっかりと開いた。
その時、闇を切り裂くように、高く高くミツドリの雄の鳴き声が響いた。危険を告げる声だった。
穴の中から、全身に黒を纏った侵入者たちが現れた。
成鳥の雄たちが、群れを守ろうと次々に立ち向かう。雌たちは卵の入った巣を嘴に咥え、まだ飛べない幼鳥たちを抱き抱えて飛ぶ。
黒の男たちは次々にミツドリを手に捕らえ、抵抗された途端、剣を抜いた。辺りには悲鳴と共に血しぶきが舞う。恐怖と悲しみの中で、ミツドリたちの絶叫が上がる。命が幾つも闇の中で散っていく。
目を見開いても何も見えなかった。僕をぎゅっと抱きしめた小さな体がガタガタと震えている。人間同士が争う大きな声が聞こえた。
「やめろ! 殺すな! 話が違う!!」
次の瞬間、僕を抱えた子どもの体を熱い光が包んだ。膨大な魔力に包まれたのだと今ならわかる。
「その子を守れ! オリヴィエ!!」
多くの魔導士や騎士、王族たちが駆けつけた時には、大樹の周りには見るも無残な光景が広がっていた。
一面に、死があった。
多くのミツドリの命は喪われ、生き残った者も瀕死だ。負の感情と魔力を大量に浴びたミツドリたちが生き延びる術は、どこにもない。
王族の中には、ミツドリを伴侶や友人とした者たちがいた。変わり果てた姿を抱きしめたまま、彼らは喪った者たちの名を呼ぶ。二度と目を開けない愛しい者への慟哭だけが、辺りに響き渡った。
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