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20.ミツドリと大樹 ②

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「オリー、ここに触っちゃだめだ。王宮魔導士たちがやってくる」
「ラウェル。ここは魔力は関係ない。俺とラウェルなら、入れるんだ」
「⋯⋯え?」

 僕とオリーなら?

 オリーは、僕の手を握ったまま、反対の手を前にかざした。僕もオリーに倣って同じように手をかざす。すると、蔓薔薇の門は眩く輝いて、左右に開いた。

 開かれた門の中からふわりと風が流れてくる。その途端、背中にざわりと何かが走った。どくん、と胸が鳴る。僕が立ち止まっていると、オリーが隣で告げた。

「ラウェルは、選ぶことが出来る」
「何を?」
「⋯⋯知ることは、いいことばかりとは限らないんだ。知らなくても生きていくことは出来る。不安を感じるなら、このまま離宮に引き返そう」

 僕は目の前の光を見た。開かれた蔓薔薇の門の中は白く輝いて見えない。ただ、肌が粟立つ。見覚えのない場所なのに、体が告げている。
 ──この先へ、と。

「⋯⋯僕、行きたい」
「ラウェルが行くと言うのなら、俺も一緒に行く。絶対に、離れない」

 僕は頷いて、一歩前へ踏み出した。




 光の中を進んでいくと、目の前にどこまでも続く蒼空が現れた。抜けるような蒼空は、さっきまで見ていた空とは色が違う。爽やかに風が吹き抜け、たくさんの木々がある。そして、きらめく陽光を受けて咲く花々。それら全てが、強固な魔力の結界で覆われている。

 耳の奥で小さな小さな音を聞いた。僕は耳に両手を当てた。全ての器官が集中して、その音だけを捉えようとする。

「⋯⋯オリー、葉擦れの音が聞こえる」
「ラウェル。俺には何も聞こえない。それはラウェルを呼んでるんだ」
「オリー。ここ、僕、知ってる」

 ──ここを、僕は知っている。だって、ここは⋯⋯。

「この先に大樹がある。⋯⋯ラウェルは、そこで生まれた。リシュリムのミツドリは皆、大樹の元で生まれ育つ」

 ⋯⋯僕の、生まれた場所? 

 ゆらゆらと、意識の底に沈んだ記憶が揺れる。前に、ミツドリのことを尋ねた僕に、ダートが言った。「ラウェル。いずれ、自分で思い出す時が来る」と。

 辺りをぐるりと見渡した。蒼空と輝く陽光と木々の緑。花々があちこちに群れをなして咲き、色鮮やかに春を謳う。足元に続く大地には青々とした草が生えている。ここは、カランカンでずっと夢見ていた外の姿だ。

 柔らかな草を踏みしめて歩く。耳の奥で聞こえる葉擦れの音が、こちらだと囁く。僕の進む方向に、オリーも黙ってついてきた。
 不思議なことにこの空間には、植物しか見当たらなかった。生き物の姿がどこにも見えない。

 頭の中に、ゆらりと一つの光景が浮かびあがる。歩を進めるほどに、それは鮮明になっていく。

 ⋯⋯この先には一際大きな木があって、ミツドリの一族が住んでいる。
 大人が二十人も手を繋いで囲むような太い幹。四方に大きく張ったその枝からは、まるで紐で結ばれた揺り籠のようにいくつもの小ぶりな巣が下がっている。
 植物の繊維を糸として編んで、愛情込めて作られた縦長の籠のような巣。その中に、大抵卵が二個ずつ入っている。卵は、そこで柔らかな日差しと風に揺られ、愛情を込めた歌を聞いて育つ。
 群れの中の成鳥たちが、卵の為に愛を歌う。歌が卵を育て、やがてたくさんの雛が孵化していく。

 遥か前方に大樹が見えてきた。僕は小走りに走った。太い幹も四方に張った枝も変わりない。でも、何かが違う。大樹は輝いていない。艶めく緑の葉は黒ずんで光がない。何よりも。

「⋯⋯どうして、誰もいないの?」

 木々の間を飛び交う成鳥たち。木の根元で遊ぶ人型の幼鳥たち。枝から下がって、風に揺れる巣は一つもなかった。
 僕は大樹に駆け寄って幹に触れた。かさかさと乾いた表面からは何も伝わってこない。この樹には温かな気脈がゆっくりと巡り、いつもミツドリたちを守ってくれていたはずだった。

「なんで、答えてくれないの?」

 僕は何度も何度も木の幹を撫でた。触れればいつも穏やかな声が聞こえ、安心して誰もが背を預けていたのに。
 僕は大樹の幹に耳を当てた。細い細い気脈を感じる。今にも消えてしまいそうな細い命の糸。僕は幹に手を当てたまま、すうと息を吸った。
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