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15.ラウェルと惚れ薬 ①
しおりを挟む美しい瞳はうつろだった。オリーの瞳に自分が映っていない事実が堪らなく辛い。いつも僕を見て微笑んでくれたオリー。カランカンからどこにも行けないと落ち込んだ日も、オリーの瞳を見れば慰められた。そこにはどこまでも広がる蒼空があったから。
掴んだオリーの両手の指はぼろぼろだ。乾いた血がこびりつき、変色している。中には爪の先が剥がれそうになっているものもある。何度も自分で自分を傷つけたのだろう。オリーの指はひどく冷たい。僕はオリーの手を自分の手でそっと包んだ。少しでも温かくなってほしかった。そして、オリーの傷を癒したかった。指先も体中の傷も、目にするだけで辛い。オリーの体が血を流すのは嫌だ。
ここで歌を歌ってはダメだろうか。アナンの館の地下では、誰もいないから堂々と歌うことが出来た。人前で歌ってはいけないと、昔から固く言われてきた。この部屋の扉の向こうには、ダートたちがいる。
オリーの口が微かに開く。唇から空気が漏れるのと一緒に、一つの言葉がこぼれた。
「⋯⋯ごめ⋯⋯」
「オリー?」
「ごめ⋯⋯ん」
オリーの眉が歪む。声にならない声が、名を呼んだ。
⋯⋯ラ⋯⋯ウェ⋯⋯ル。ご⋯⋯めん。
「僕?」
オリーの心が泣いている。誰も映さない瞳が僕の名を呼ぶ。オリーの心は僕を探しているのだろうか。僕はオリーの両手をぎゅっと握りしめた。じっと見つめれば、心なしかオリーの体は一回り細くなった気がする。僕を探して、どれだけの力を使ったのだろう。ほんの少し前まではカランカンの最上階から、一緒に階下に広がる風景を見ていたのに。あの時から僅かな日数しか経っていないのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。オリーがこんなにも傷だらけになる必要なんか、どこにもないのに。
「謝る必要なんかないんだ。僕がいなくなったから探しに来てくれたんだよね。僕がオリーから離れなければよかった⋯⋯」
オリーがふっと視線を動かした。何かを探そうとしているのを見て、僕はオリーから手を離す。オリーはベッドの枕元にあったものを、そっと拾い上げた。
「それって⋯⋯。西の魔女の惚れ薬?」
オリーが手にしたのは、七色に輝く硝子瓶だった。
カランカンの客間の壺の中に、僕が隠しておいた惚れ薬。ダートはカランカンが使い物にならないと言ったけれど、オリーは部屋の中からこれを見つけ出したのか。
七色の硝子瓶を、オリーは傷だらけの手で握りしめた。手の中にあることにほっとしたように、息を漏らす。僕はなぜかたまらない気持ちになった。
惚れ薬をオリーが手に入れた時、僕はオリーの好きな相手を聞きもしなかった。自分の給金を使い込まれたからってあんなに邪険にしないで、もっと真剣に話を聞けばよかったんだ。オリーがどうしても心を手に入れたかった相手。その相手のことを聞いて、一緒にオリーの望みが叶うように考えればよかった。
惚れ薬を見ていると、なぜか胸がぎゅっと痛くなる。この気持ちを何と言うのか知らない。ただ、とても寂しかった。
寂しい、寂しい。──⋯⋯さびしい。
ぽろり、と涙が一つ落ちた。膝の上で握りしめた拳に落ちて、広がっていく。ぽろぽろと零れる涙に、周りが少しずつ歪んでいく気がした。
「オリーがわかるのは、惚れ薬だけ⋯⋯」
──⋯⋯僕のことは、わからないのに。
自分より薬の方が大事だと言われているようで悲しい。そして、そんな勝手なことを思う自分が恥ずかしかった。ぐしゃぐしゃの顔をごしごし擦っていると、ふっと自分の上に影が下りた。
オリーの右手が僕の頭を撫でる。慰めるような手の動きは、とても優しい。僕が顔を上げると、オリーは左手に持っていた硝子瓶を僕に差し出した。
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