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2.オリーの惚れ薬 ②

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「ご、ごめんね、ラウェル。商人が代金を負けてくれなかったんだ。どうしてもこれが欲しくて⋯⋯」
「何で薬に頼ろうと思うんだよ! それこそ色仕掛けでも何でも、自力で落とせばいいじゃないか! 少なくとも見た目はいいんだから!」
「そんな⋯⋯。そんなことができるぐらいならッ」

 オリーが、薬を握りしめたままぶるぶると震え、うわあああっと泣き伏した。おっと、危ない。莫大な金を払ったと言う惚れ薬が絨毯に転がる。僕はさっと拾い上げ、オリーが気付く前に服の内側の隠しにしまい込んだ。

「こ、こんなに長い間、好きだって言ってるのに、ちっとも俺のこと見てくれないし。きっと、他に好きな人がいるんだ」
「ふぅん。そうなんだ。それなら、オリーの言う通りかもね」
「うっ! うわあああ!」

 ⋯⋯手に負えない。

 オリーが泣き続けているので、隣の部屋に控えていた『付人』たちが恐る恐るのぞき込んでくる。付人と言うのは、細々と身の周りの世話をする者たちのことだ。

「ああ、皆、心配しないで。ソナはすぐに蜂蜜水を持ってきて。ロウ、お風呂を沸かして。湯船にオリーの好きな花を浮かべて、鎮静作用のある精油を入れるんだ。そうそう、タスはオリーの隣で歌を歌って」

 僕の言いつけに頷いて、付人たちがそれぞれの役割を果たすために走っていく。
 オリーは長椅子に座り、蜂蜜水を与えられて大人しく飲んだ。残念ながら歌は気に入らなかったみたいで眉間に皺を寄せるので止めさせた。後でゆっくりお風呂に入れば機嫌が直るだろう。なにしろ、僕に小言を言われると、すぐに情緒不安定になるんだから。

 僕たちは二人で、この娼館の最上階に部屋を与えられていた。付人だって一人に二人ずつと言われた。着飾るオリーはまだしも、僕には身の周りの世話をする者は必要ない。館主に言えば、オリーは人気があるから、いつでも万全の体調で居てほしい。僕が倒れるとオリーが使い物にならないから、僕にまで人をつけるということだ。それならと、一応シフに僕の下についてもらい、僕は付人たちの指揮をする立場になっていた。

 オリーが泣いているうちに、僕はそっと部屋を出た。シフが心配そうに廊下についてくる。

「シフ、オリーの様子を見ていて。何かあったら知らせてよ。僕はちょっと、館主のところに行って来るから」

 シフは頷き、踵を返した。皆しっかり者だから、僕が戻るまでにオリーを何とかしておいてくれるだろう。

 娼館の一階の奥までずんずん歩いて行くと、館主の部屋がある。見事な彫刻が施された豪華な扉をドンドンと叩いた。

「ダート! 僕だよ! ラウェル」
「⋯⋯騒がなくても開いているよ。おはいり」

 低く甘い声が聞こえて、僕は扉をバンと開けた。
 恐ろしいほど整った顔が、こちらを見てにっこり笑う。館主のダートは、自分の向かい側の椅子を勧めて来た。ぼすんと座れば、菓子をどうぞと笑う。ここに来ると、僕はいつも子ども扱いだ。盆の上に乗った高坏から小さな蜜菓子を一つ取った。口に入れればほろりと溶けて、体に力が湧いてくる。

「どうした? そんなに怒っていては、可愛い顔が台無しだろう」
「可愛くない」
「私には大層愛らしく見えるが。なあ、サジュ」
 
 部屋の隅に立っているのは、僕たちをここに連れて来た用心棒だ。館主が話しかけても、黙ったまま表情も変えない。顔を見れば、あの時のことを思い出して、腹が立って仕方がなかった。
 僕を宥めるように、ダートは自分の付人に茶を淹れさせた。この部屋で出される花の香りの茶が好きだ。僕を見て、館主は目を細めている。

「そんな話はどうでもいいよ。ねえ、ダート。オリーに惚れ薬を勧めた?」
「惚れ薬? そんな話をした覚えはない」
「オリーが魔女が作ったとか言う惚れ薬を買ったんだ。僕の一年分の給金を使いこんで」

 館主のダートは美しい瞳を見開き、眉を寄せた。白く長い指が口許を覆う。

「⋯⋯惚れ薬なんて、まさか、オリーがそんなことを。一体誰が、オリーをそそのかしたんだ」
「僕は、ダートじゃないかと思ったんだけど」
「残念ながら、私ではない」

 僕の嫌味なんか少しも気にせずに、館主が茶を口に運ぶ。洗練された動作を見ながら、僕は全く別のことを考えていた。
 ダートじゃないとしたら、誰だろう? 何とか惚れ薬を戻して、僕の給金だけでも返してもらえないかな。
 卓の上の蜜菓子を、ぽいぽいと口に入れる。

「その惚れ薬はどこにある?」
「オリーが持ってるよ。ごちそう様!」

 僕はそ知らぬふりをして立ち上がった。隠しに入った瓶が、胸にこつんと当たった。
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