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番外編 王子の休養
③
しおりを挟む「……領地を見回りながら、何度も夜明けを見ました。一面の雪の中に空が白んで朝陽が昇って来る。一日のうちで最も寒い時刻です。昇る太陽を見ながら、いつもアルベルト様のことを思っていました」
──長く続く夜の果てに、雪が朝陽の黄金に塗り替えられる。臓腑を凍らせる空気すら、まるで温かさを帯びるように感じました。昇る太陽を貴方だと思えば、一日を乗り越える力が出た。
ヴァンテルの言葉に胸が熱くなる。
「……アルベルト様、ロサーナの太陽におなりください」
「クリス?」
思わず上掛けから顔を出した。柔らかな瞳が静かに私を見つめている。
「何を言っている。お前はずっと反対していたのに」
ヴァンテルの言葉が、新王への即位を勧めていることは間違いない。
エーリヒをはじめとする宮中伯や宰相にとって、一番の難敵は他ならぬヴァンテルだった。
──アルベルト様の御体に負担が大きすぎる。せっかく北の地に慣れて安定した生活を送られているのに、どれだけの御負担を強いるつもりなのか。
嘆願書を破り捨てる暴挙を行ったヴァンテルは、エーリヒたちにそう言い放った。宮中伯たちは怒り心頭だったが、公爵に怒りをぶつける以上のことはできなかった。
ロサーナの貴族の大半は地震で大きな被害を受けている。その中で、全くと言っていいほど無傷だったのは、北に所領の大半を持つヴァンテル公爵家ぐらいだ。ヴァンテルから多くの者たちが援助を受け、彼が持つ北領騎士団の活躍に助けられた。復興の要だった男と争いたい者はいない。
「私はこの二か月、領地を細かく巡りました。新たな人々が移住した土地の様子を知りたかったのです」
そして、愚かな自分を見つめ直してきました、とヴァンテルは言った。
自分の足で領地を巡り、人々の話を聞いた。愛した土地を離れ、新天地に越してきた人々がどんな思いで過ごしてきたのかを知った。
「レーフェルトには第二王子がいる。それがどれほど人々の支えとなっていたのか。私は何もわかっていなかった」
「クリス、私は父や兄のように人々を率いていけるとは思えない。エルンスト叔父上のように、人望が得られるとも」
ヴァンテルは、私を静かに見つめている。
「アルベルト様。太陽は、ただそこに在るだけで希望なのです」
「……そこにあるだけで?」
「私と同じように昇る朝陽を見る者たちがいました。彼らも私も、生きる力を受け取っていた」
──泰然と、ただ真っ直ぐに、貴方が立っていてくだされば。私たちは生きていくことが出来る。
「クリス、この命があるのはたくさんの人々のおかげだ。私が王となることで再び立ち上がれる者がいるのならば、取るに足らないこの身でも投げ出そう。でも」
……自分に、できるだろうか?
「今度こそお力になります。アルベルト様にしかできぬことです」
私は大きく息を吸った。
「お前は、この二か月でよほど多くの知見を得たのだな」
「……愚かな私には、優秀な導き手がおりました」
首を傾げると、ヴァンテルが微笑んだ。
「見ろ、と聞こえました。何度も繰り返し、小さな羽音がいつも側にありました」
ああ、そうか。
このロサーナを導くのは、人だけではない。
……ミロ
──見ろ
自分の目で。
自分の足で。
……ミロ
──見ろ
自分で確かめるのだ。
この国が、人々が、何を欲しているのかを。
そして。
……キボウ
──希望
誰が、この国の希望なのかを。
「私には、何も言ってこなかったぞ」
「目を覚まさなければならないのは、私だったからでしょう。彼らの声が聞こえなくなるまで、帰りたくても帰れませんでしたよ。おかげで、都の構想をじっくり練ることが出来ました」
──フロイデンにも負けないほどの都を造ってみせます。
きっぱりと告げるヴァンテルの笑顔がひどく頼もしい。それにしても、帰るに帰れなかったとは思わなかった。
ごめん、と呟くと、顔中に口づけが降って来る。瞼にも頬にも鼻にも、気がついたら唇にも。ふうっと体から力が抜けると、ヴァンテルは慌てて私の体を離し、寝台から降りた。
「……すみません。熱を出していらしたのに」
「うん。でも、クリスが帰ってきたから治りそうな気がする」
思わず笑うとヴァンテルの頬が赤くなる。もう一度私に顔を近づけた公爵が小声で言う。
「……熱が下がったら、覚悟なさってください」
唇を尖らせてそんなことを言うから、笑いが止まらなくなる。ヴァンテルが側にいるだけで、こんなにも心が明るい。
「ゆっくり休養を取る暇もなさそうだ」
「ちゃんとお休みになってください。アルベルト様がお眠りになるまでお側におります」
もう一度、ヴァンテルが手を握ってくれる。温かい手に触れたまま、私は今度こそ眠気に襲われた。
「ようやく、春だな」
「ええ、お待たせしました」
いつのまにか、窓を打つ吹雪の音は止んでいた。
ー----------------
これにて番外編も完結です。20万字となりました!
二人の物語をお読みいただき、本当にありがとうございました。
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