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番外編 秋 雛(ひな)の王子 ※

14.猛禽 ②

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 きらきらと輝く黄金の光。
 お前はいつも私を助けてくれる。
 『裁き』……ありがとう。

 細かな羽音が聞こえる。
 裁きは何も、伝えては来なかった。

 代わりに誰かの泣き声が聞こえた。
 誰が泣いているのだろう。

 ……そんなに、泣かないで。



 目を開けると、自室の天井が見えた。
 大きな手がずっと、冷えた手を握ってくれている。

「アルベルト様!」
「……クリス。ここは?」
「凍宮です。お帰りになったのですよ」

 ずっと隣にいてくれたのは、ヴァンテルだった。いつの間に凍宮に戻ったのだろう。
 窓掛けの隙間から明るい陽射しが入ってくる。

「あれからずっとお目覚めにならないので、馬車で急ぎ凍宮に戻りました。丸一日お眠りになっておられました」
「そんなに? 情けないな。いくら驚いたとはいえ……」

 ヴァンテルが眉を寄せて考え込みながら言う。

「裁きについて書かれた文献にありました。まるで同族を守るように、蜂が王族を守るような動きをすることがあると。守られた王族の中には、数日寝込んだり意識を失う者もいます」
「それは、私も読んだ」

 ──調のだと言う。蜂と人とのどこか奥底で繋がった、意識が。

 コンコン、と扉が叩かれる。
 レビンが姿を現した。

「レビン! 大丈夫だったか?」
「殿下……」

 レビンは、はっとしたように目を瞠り、ぎゅっと目を瞑った。

「この度は何と御礼を申し上げたらよいか……」
「礼を言うのは、こちらだ。フェリを守ってくれてありがとう」
「いいえ……いいえ。私だけではとても、お守りすることなどできませんでした。あの時、殿下が団栗を投げてくださらなければ」

 ああ、どんぐり。
 私の傍らから、壮絶な冷気が吹き付けてくる。下手な口をきいたら、体の芯まで凍ってしまいそうだ。

「アルベルト様……。私は怒っていないわけじゃありませんよ」
「……うん」

 コンコン。扉が叩かれた。
 レビンが飛んでいくと、姿を現したのはフェリクス王子と叔父だった。

 フェリクス王子は、ヴァンテルの放つ怒気に、扉を一歩入ったきりこちらに近づけない。

「こちらにおいで、フェリ」

 私は真っ青になってこちらを見ている幼い王子を手招いた。

「無事でよかった。ごめん、心配をかけて」

 フェリクス王子の瞳が揺れ、みるみる涙が目の縁に盛り上がる。

「わ、私があんなところに行かなければ……」
「フェリのせいではない。それを言うなら、滝に誘ったのは私だ。誰しも予想のつかぬことはある」

 フェリクス王子は寝台の脇に立って、うつむいた。
 ぱたぱたと、床に涙の雫が零れ落ちる。

「フェリ?」
「こ、こわかった……。アルベルト様が、く、熊に襲われて。し、死んでしまったらどうしようって」

 ヴァンテルの冷気が吹雪のような勢いで吹き付けて、私の体温を奪う。

「……お前の方が余程私の体に悪い、クリス」

 公爵は眉を上げたまま、固く口を引き結んだ。
 私は、寝台の上に王子の体を引き寄せた。泣き止んで寝てしまうまでずっと、温かい体を抱きしめていた。



「ありがとう、アルベルト殿下」
「叔父上」

 起き上がれるようになった私の元に、叔父は一人で訪れた。

「……フェリクスがこんなに懐くなんて思わなかった。スヴェラでは王太子だからと勉強ばかりで厳しく育てられています。最近ではなかなか笑顔を見ることもない。殿下と楽しそうに過ごす姿を見て本当に驚きました」

 王子の行儀のよい姿をたくさん見てきた。王太子だからと勉強ばかり、の言葉に胸が痛む。

「木登りも、あんなに上手なのに。久々だったのでしょうか」
「そうです。あの子は元々、悪戯なところがあります。レーフェルトでたくさんの木々を見て嬉しかったのでしょう。本当はアルベルト殿下の部屋に忍び込みたかったのだと思います。木登りだけは昔から得意でしたので」

 ……冷やりとした。
 露台の近くに立木が無くて本当に良かったと思う。とんでもないところを、子どもに見せてしまうところだった。

「見聞を広げようと、ここまで連れてきてよかった。あの子にはとても良い思い出が出来ました」

 叔父はそう言って、私の額に優しく口づけを落とした。
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