凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

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番外編 秋 雛(ひな)の王子 ※

10.錦秋 ①

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 庭園を見渡せば、大樹の陰に茶卓が持ち出され、真っ白な布がかけられている。
 レビンが用意した茶と菓子が並べられ、フェリクス王子が一人で椅子に座っていた。私は小道を走って、王子の元に駆けつけた。

「……アルベルト様」

 焼き菓子を頬張った王子が目を丸くしている。

「よかった。ここにいらっしゃるとレビンに聞いて……」

 私は王子の前にしゃがんで、そっと顔を見上げた。王子は膝の上に手を乗せて、困ったようにうつむく。

「すみません。殿下のお気持ちを考えない振る舞いをしたばかりに……。嫌な思いをなさったでしょう」

 フェリクス王子は、ぷるぷると首を振った。赤い顔をして、小さく呟いている。

「わ、私も失礼なことを……」

 失礼なこと?

 ヴァンテルの言葉が、耳の奥によみがえる。『まだお父上が恋しいお年頃なのです』

 ああ、ぼくのなのにと言っていたな。

「ご無理もありません。殿下が大切にお思いなのに、私は気にもかけませんでした。お許しいただけるでしょうか」
「……も、もちろんです」

 王子はしっかりと私の瞳を見つめて言った。

「安心しました。ではまた、仲良くしてくださいね」
「わ、私こそ。あの、お願いがあります。アルベルト様!」
「何ですか?」
「……愛称で呼んでほしいのです。私の方が年下ですから、敬語もいりません」
「愛称?」
「はい。私には兄がいないので、弟のように思っていただけたら……」

 ──弟。

 ドキンと胸が大きく跳ねる。小宮殿で暮らしていた頃、自分に弟か妹がいたらよかったと何度も思った。一緒に暮らせなくても、時折会って過ごせたらどんなに楽しいだろう。
 兄様やクリスがしてくれたように、本を読んであげたり、楽器を一緒に弾いたりしたかった。

「私にも弟がいないから……。えっと、フェリクスと呼べばいい?」

 王子が、ぱっと明るい顔になる。

「母や父はフェリと呼びます」
「ああ。じゃあ、私もそう呼ぼう。……フェリ」
「嬉しいです! アルベルト様!」

 興奮して立ち上がった王子の手が皿にぶつかり、焼き菓子が数枚、下に落ちた。

「あっ!」
「大丈夫」

 地に落ちた焼き菓子を拾い、大樹の根元まで歩いて、地表に張り出た根の上に置いた。
 二人で眺めていると、木の枝をするりと渡って、ふさふさした尻尾の生き物が現れる。菓子を見て戸惑ったように首を傾げていたが、ふんふんと匂いを嗅いでいる。
 私が人差し指を口の前に立てると、フェリクス王子の瞳がきらきらと輝く。小さな前脚が伸びてきて、焼き菓子を掴んだ。あっという間に、菓子は小動物のお腹に消えていく。私たちは顔を見合わせて微笑んだ。

「アルベルト殿下! フェリクス殿下!」

 こちらへ向かって走ってくるレビンの声に驚いて、小さな生き物は樹上に姿を消してしまった。
 レビンの後ろからは、神妙な顔をした叔父上とヴァンテルがやってくる。にこにこと笑う私達に、三人は首を傾げた。

 その後、フェリクス王子はヴァンテルの後を追わなくなった。気づいたらいつも、すぐ側にいる。私は嬉しくて、求められるままに一日の大半を共に過ごした。
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