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番外編 秋 雛(ひな)の王子 ※
9.攻防 ③
しおりを挟む最初は苦戦していたところも、何度か教わるうちに上手く弾くことができるようになった。
「殿下、落ち着いて。もう一度、ゆっくりと」
幼い頃のように叔父の丁寧な指導を受けながら、とうとう一人で、思うように音を出すことが出来た。私は喜びのあまり、叔父に思いきり抱きついた。
叔父が静かに髪を撫で、額に口づけを落とす。幼い頃から慣れ親しんできた親愛の表現だった。
「……ち、ちちうえ!」
か細い悲鳴が聞こえた。
二人で顔を上げると、親鳥と雛……。いや、ヴァンテルとフェリクス王子が立っていた。
「あれ、二人ともどうして?」
「いえ、リュートの音が聞こえたので聴かせていただこうかと……」
ヴァンテルの抑揚のない声が響く。フェリクス王子は、眉根を寄せてこちらを睨んでいる。
「叔父上に教えていただいていたんだ。なかなかうまく弾けないところがあって」
「殿下は飲み込みがよろしいので、すぐにお出来になる。もう大丈夫でしょう」
大きな手がふわりと私の頭を撫でた。
「……ぼ、ぼくのなのに!」
大きな声が響いた。フェリクス王子が、ぶるぶると震えている。
顔が真っ赤になって、見る間に大きな瞳に涙が浮かぶ。
……ぼくの?
王子は踵を返して部屋の外に走っていく。
「フェリクス殿下!?」
思わず立ち上がって廊下に出たが、王子の姿は影も形もなかった。
──ああ、そうか。せっかく父君と二人きりの旅で凍宮まで来たのに、従兄弟なぞが突然親しい姿を見せれば、悲しい気持ちにもなるだろう。
叔父は小さくため息をついた。
「相変わらず、あの子は感情的でいけない。あれでは、伝わるものも伝わらない」
「まだお小さいのです。私は殿下のお気持ちも考えずに、可哀想なことをしてしまいました。フェリクス殿下は、父君を慕っておいでなのですね」
叔父は口元に指を当てて、黙って眉を顰めている。
ヴァンテルが重々しく頷いた。
「フェリクス殿下は、まだまだ父君が恋しいお年頃です。アルベルト様も、もう少しお考えになったほうがよろしいでしょう」
珍しくヴァンテルにまで窘められて、気持ちはすっかり落ち込んだ。
レビンが入ってきて、お茶の支度ができたと言う。王子が出ていったことを告げれば、庭にいると教えてくれた。
「廊下を走っていらしたので、庭でお茶をしましょうと誘っておきました! 先に焼き菓子を召し上がっておいでです」
流石はレビンだ。物腰が柔らかい侍従は、いつでも幼い者たちの心を捉えている。ほっとして、すぐに謝ろうと部屋を出た。
残った者達の交わす視線には、少しも気づかずに。
◇◇
「……我が王子とアルベルト殿下を離そうとした悪巧みは、成功したようだったが」
美しい王配は、ヴァンテルに冷たい視線を投げつけた。
「王配殿下は、何かお考え違いをなさっておいでです。僭越ながらフェリクス殿下の方が、私に興味をお持ちのご様子ですが?」
「興味? ああ、そうだ。あの子は、其方がアルベルト殿下の世話を焼く様子に興味があるのだろう。我が一族は総じて目が高い。美しく可憐なものを好むのは、子どもだとて同じこと」
ヴァンテルが射殺しそうな視線で王配を見る。形のいい唇から低い声が漏れた。
「……可憐な薔薇は、とうに所有者が決まっておりますので」
わずかに開いた窓から、初秋にしては冷たい一陣の風が吹き抜けていった。
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