凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
138 / 154
番外編 秋 雛(ひな)の王子 ※

9.攻防 ③

しおりを挟む
 
 最初は苦戦していたところも、何度か教わるうちに上手く弾くことができるようになった。

「殿下、落ち着いて。もう一度、ゆっくりと」

 幼い頃のように叔父の丁寧な指導を受けながら、とうとう一人で、思うように音を出すことが出来た。私は喜びのあまり、叔父に思いきり抱きついた。
 叔父が静かに髪を撫で、額に口づけを落とす。幼い頃から慣れ親しんできた親愛の表現だった。

「……ち、ちちうえ!」

 か細い悲鳴が聞こえた。

 二人で顔を上げると、親鳥と雛……。いや、ヴァンテルとフェリクス王子が立っていた。

「あれ、二人ともどうして?」
「いえ、リュートの音が聞こえたので聴かせていただこうかと……」

 ヴァンテルの抑揚のない声が響く。フェリクス王子は、眉根を寄せてこちらを睨んでいる。

「叔父上に教えていただいていたんだ。なかなかうまく弾けないところがあって」
「殿下は飲み込みがよろしいので、すぐにお出来になる。もう大丈夫でしょう」

 大きな手がふわりと私の頭を撫でた。


「……ぼ、ぼくのなのに!」


 大きな声が響いた。フェリクス王子が、ぶるぶると震えている。
 顔が真っ赤になって、見る間に大きな瞳に涙が浮かぶ。

 ……ぼくの?

 王子は踵を返して部屋の外に走っていく。

 
「フェリクス殿下!?」

 思わず立ち上がって廊下に出たが、王子の姿は影も形もなかった。

 ──ああ、そうか。せっかく父君と二人きりの旅で凍宮まで来たのに、従兄弟なぞが突然親しい姿を見せれば、悲しい気持ちにもなるだろう。

 叔父は小さくため息をついた。

「相変わらず、あの子は感情的でいけない。あれでは、伝わるものも伝わらない」
「まだお小さいのです。私は殿下のお気持ちも考えずに、可哀想なことをしてしまいました。フェリクス殿下は、父君を慕っておいでなのですね」

 叔父は口元に指を当てて、黙って眉を顰めている。
 ヴァンテルが重々しく頷いた。

「フェリクス殿下は、まだまだ父君が恋しいお年頃です。アルベルト様も、もう少しお考えになったほうがよろしいでしょう」

 珍しくヴァンテルにまでたしなめられて、気持ちはすっかり落ち込んだ。

 レビンが入ってきて、お茶の支度ができたと言う。王子が出ていったことを告げれば、庭にいると教えてくれた。

「廊下を走っていらしたので、庭でお茶をしましょうと誘っておきました! 先に焼き菓子を召し上がっておいでです」

 流石はレビンだ。物腰が柔らかい侍従は、いつでも幼い者たちの心を捉えている。ほっとして、すぐに謝ろうと部屋を出た。

 残った者達の交わす視線には、少しも気づかずに。



 ◇◇


「……我が王子とアルベルト殿下を離そうとした悪巧わるだくみは、成功したようだったが」

 美しい王配は、ヴァンテルに冷たい視線を投げつけた。

「王配殿下は、何かお考え違いをなさっておいでです。僭越ながらフェリクス殿下の方が、私に興味をお持ちのご様子ですが?」
「興味? ああ、そうだ。あの子は、其方がアルベルト殿下の世話を焼く様子に興味があるのだろう。我が一族は総じて目が高い。美しく可憐なものを好むのは、子どもだとて同じこと」 

 ヴァンテルが射殺しそうな視線で王配を見る。形のいい唇から低い声が漏れた。

「……可憐な薔薇は、とうに所有者が決まっておりますので」

 わずかに開いた窓から、初秋にしては冷たい一陣の風が吹き抜けていった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...