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番外編 秋 雛(ひな)の王子 ※
6.長夜 ③
しおりを挟むコツッ!
コッ、コツン。
何か、小さなものがぶつかる音が断続的に続く。
コツ。
……何だろう?
私はそっと起き上がり、裾の長い上着を寝間着の上に羽織った。
耳を澄ますと、音は外にある露台のほうから聞こえていた。続き部屋には露台に出るための扉がある。厚い硝子の嵌まった重い扉を開ければ、清涼な空気が入ってくる。
朝晩の凍宮はだいぶ冷え込むようになった。庭園の木々は身に纏う色を変え、日を追うごとに目にも鮮やかな姿に変わっていく。
露台に足を踏み入れた途端、ひゅっと何かが飛んできた。
屈んで拾おうとすれば、丸い木の実が幾つも床に転がっている。
「団栗?」
手の平に乗せると、艶やかな木の実が朝陽にきらきらと輝いて美しい。
木の実の飛んできた方には、樹齢を増した木々が立ち並んでいる。よく見ると、その中の一本が不自然に揺れている。枝の合間にちらちらと動く黄金色の光が見えた。
光が、近寄ってくる……?
じっと眺めていると、枝の間に手が伸び、ひょいと小さな顔が出た。
「えっ? フェリ、クス……殿下?」
「アルベルト様!」
こちらを見て目を輝かせた王子の体が一瞬、枝の上で揺れる。私は叫びそうになった声を、必死で押しとどめた。
……驚かせてはいけない。
そんなことになったら、王子はきっと、木から真っ逆さまに落ちてしまう。想像するだけで心臓が飛び出しそうだった。
「おは……ようござ……います。早起き……なのですね」
「はい! 目が覚めてしまって!」
王子は木の上から元気よく叫んだ。
──なぜ、王子がここにいるんだ?
「散歩していたら庭師がいたんです。アルベルト様のお部屋を聞いたら、こちらだって教えてくれました!」
まるで心を読んだかのように、元気いっぱいな声が返ってくる。
「そ……うですか。でも、そこは……高いでしょう?」
「大丈夫です! 木登りは得意なんです!」
「もしかして、この団栗は、殿下がくださったのですか?」
「はい! この木にたくさんついています」
私は王子と手の中の木の実を代わる代わる見比べた。
「アルベルト様?」
その時、部屋の中から私の名を呼ぶ声がした。
私は露台と部屋の間の扉を、全力でバン!と大きな音をたてて閉めた。体から一気に汗が噴き出る。
──来るな、クリス! 絶対!!
「あのっ! アルベルト様! 朝食をご一緒しませんか?」
「も、もちろんです、殿下。ゆっくり……その、降りて」
「はい!」
するすると木を降りたフェリクス王子は、見事に地上に着地した。露台から覗き込むようにして見下ろす私に気が付いて、ぺこりとお辞儀をする。
私が小さく手を振ると、喜んで手を振り返してきた。
王子が走り去るのを見て、体から一気に力が抜ける。私はずるずると露台の床に座り込んだ。
「アルベルト様? 一体……」
硝子を嵌めこんだ扉がそっと開き、怪訝な顔をしたヴァンテルが顔を出した。
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