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28.凍宮
①
しおりを挟む凍宮に戻って半月。
ロフとブレンが、守り木の村に発つ日がやってきた。
二人は揃って私の前に跪き、頭を垂れた。
「殿下がレーフェルトに戻られた以上、私たちの役目は終わりました。これからは村に戻って暮らします」
「役目?」
ロフとブレンは顔を見合わせた後、決心したように告げた。
「殿下、守り木の村で私たちが共に暮らした蜂は、宿屋でご覧になった蜂たちです」
空一面に広がる黒い煙が脳裏に浮かぶ。あれは、どれほどの数の蜂だったのか。
私の目をじっと見て、ブレンが口を開いた。
「殿下は不思議な羽音をお聞きではありませんか?」
「時折、羽音とも言葉ともつかぬものなら聞こえる」
気のせいだとは思えない。
……ブブブと鳴る羽音が、不思議な音を成し、細切れに言葉となって伝わってくる。
明瞭に言葉となって表れたのは宿屋にいた時だが、今も思い出したように聞こえる。
「それこそが彼らの言葉です。殿下は『裁き』が選んだ方です」
「選んだ?」
ロフが、ブレンの言葉を受けて語りだす。
「殿下。守り木の村で育つ民は『裁き』の言葉が聞こえます。彼らは本当に必要な時だけ意思を伝えてくる。ただ、役目を果たした者には何も伝えません。私たちにはもう彼らの声が聞こえません」
「『裁き』は失われたはずだ。……兄の手によって」
「これは、わずかな者しか知らぬ話です」
王室付きの騎士たちが、村を訪れた少し前。
『裁き』の中で巣別れを行ったものがあった。蜂たちは密かに新しい巣を作りはじめていた。
「騎士たちは、村にある手近な巣箱はどれも運んで行きました。残るは巣別れで飛んだ一つだけ。ただ、私たちでさえも行方がわからなかったのです」
村長が命を絶った後、『裁き』を偶然見かけた村人が巣をようやく探し当てた。しかし、蜂たちは一斉に消えてしまう。
ブレンが続けた。
「巣だけを残して、いなくなったそうです。その後、亡き王太子が愛馬と共に亡くなられたことを知りました」
全身の毛が逆立った。そんなことがあるはずがない。
蜂に襲われた兄様。無残な最期を遂げたブラオン。
「そんな……。それではまるで、兄は『裁き』に殺されたとでも」
ロフとブレンが代わる代わる言葉を放つ。
「……もしかしたら、蜂たちの怒りだったのかもしれません」
「『裁き』は意思を持ちます。王とは彼らを助ける者、彼らは王の命を繋ぐもの」
「……王?」
ロフとブレンは、私を静かに見つめた。二人の茶色の瞳は温かく、どこか痛みを秘めている。
二人の言葉は謎めいて、それ以上は何も言わなかった。
「殿下、私たちは村に戻り『裁き』が来るのを待ちます。彼らは二度と現れないかもしれない。それでも戻って来てくれたなら、共に穏やかに暮らしたいのです」
「また、其方たちの村を訪れてもいいだろうか」
「もちろんです、殿下」
いつかまた湖に行き、白く輝く羽を持つ鳥たちの姿が見たい。
そう言うと、二人は静かに微笑んだ。
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