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19.意思

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「守り木の村に?」

 二人は頷いた。村長は若者たちを生かす為に村から出したはずだった。そこに再び戻ると言うのか。

「もう、村に誰もいないのはわかっています。それでも近隣には、わずかに生き残った同胞がいる。私たちはもう一度生まれ故郷の土を踏みたいのです」

 輝く羽をもつ美しい鳥たちが次々に舞い降りた湖。
 林の中の小屋で体を暖めてくれた優しい犬たちと、飼い主の姿が目に浮かぶ。ロフの茶色の瞳は、犬たちの主人と同じ色をしていた。

「私は以前、雪の中で命を落としかけたところを其方たちの同胞に救われた。何という巡り合わせだろう。私のせいで滅んだ村の者に、一度ならず二度までも助けられるとは。其方たちはどうして私を逃がした?」

 守り木の村の若者たちは、顔を見合わせた。ロフがゆっくりと口を開く。

「……私たちは『裁き』を友として、共に生きる者です。蜂たちは選ぶのです」
「選ぶ?」

「アルベルト殿下。とてもお信じになれないかもしれませんが、古くから村にある言い伝えです。『裁き』は意思を持つ。彼らの意思を私たちは尊重します」
「……蜂が? 意思を?」

 どんなに希少でも、虫は虫だ。それがまるで人のように意思を持つと言うのか? 

 ──一体、どんな意思を?

 蜜の効能を知ってはいても、あまりに突飛な話だった。うろたえる私を見て侍従はきっぱりと言った。

「……殿下、私たちは貴方に生きていただかねばなりません」

「生きて……」
「そうです。あのままでは、トベルク様は殿下を亡くなるまで塔の中に閉じ込めたでしょう。殿下の生きる場所は、塔の中でもフロイデンでもない」

「私の生きる場所……」
「殿下ご自身がお選びになった場所です」

 まるで全てを知っているかのように、ロフは私を見つめた。
 脳裏に、雪の中にそびえたつ姿が浮かぶ。口の中から自然に言葉が転がり落ちた。

「……レーフェルト」

 最果ての地に輝く宮殿。雪と氷に囲まれた美しい鳥籠。晴れ渡った空と広大な大地の風景が流れ込んでくる。

「私たちがお連れします。共に参りましょう」



 その晩、夢を見た。

 ヴァンテルが私の名を呼んでいる。
 声を限りに、何度も何度も私の名を呼んでいる。

 ──殿下、アルベルト殿下。
  ご無事ですか。
  どこにいらっしゃるのですか。

 捜して、捜して、歩き回って。
 昼も夜もなく私の名を呼び続けている。

 ──例え、地の底までも参ります。

 ヴァンテルの血を吐くような叫びが聞こえるのに、私の声は届かない。
 だって、ヴァンテルは私に背を向けているから。

 ──クリス……クリス。
  ここにいるのに。

  こちらを見て。   
  お願いだから、私に気づいて。

 必死で叫んでいるのに、少しも声は出なかった。
 いつの間にか手にも足にも、長い長い鎖の枷がついている。
 この瞳からいくら涙が零れても、愛しい人には届かない。

 例え、本能でもかまわない。
 もう一度伝えることができたなら。

 ──お前だけが、好きだと。
    

 目が覚めた時には、一人きり。
 白い光が差し込む部屋で私は声もなく泣いた。

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