凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
80 / 154
19.意思

しおりを挟む

「守り木の村に?」

 二人は頷いた。村長は若者たちを生かす為に村から出したはずだった。そこに再び戻ると言うのか。

「もう、村に誰もいないのはわかっています。それでも近隣には、わずかに生き残った同胞がいる。私たちはもう一度生まれ故郷の土を踏みたいのです」

 輝く羽をもつ美しい鳥たちが次々に舞い降りた湖。
 林の中の小屋で体を暖めてくれた優しい犬たちと、飼い主の姿が目に浮かぶ。ロフの茶色の瞳は、犬たちの主人と同じ色をしていた。

「私は以前、雪の中で命を落としかけたところを其方たちの同胞に救われた。何という巡り合わせだろう。私のせいで滅んだ村の者に、一度ならず二度までも助けられるとは。其方たちはどうして私を逃がした?」

 守り木の村の若者たちは、顔を見合わせた。ロフがゆっくりと口を開く。

「……私たちは『裁き』を友として、共に生きる者です。蜂たちは選ぶのです」
「選ぶ?」

「アルベルト殿下。とてもお信じになれないかもしれませんが、古くから村にある言い伝えです。『裁き』は意思を持つ。彼らの意思を私たちは尊重します」
「……蜂が? 意思を?」

 どんなに希少でも、虫は虫だ。それがまるで人のように意思を持つと言うのか? 

 ──一体、どんな意思を?

 蜜の効能を知ってはいても、あまりに突飛な話だった。うろたえる私を見て侍従はきっぱりと言った。

「……殿下、私たちは貴方に生きていただかねばなりません」

「生きて……」
「そうです。あのままでは、トベルク様は殿下を亡くなるまで塔の中に閉じ込めたでしょう。殿下の生きる場所は、塔の中でもフロイデンでもない」

「私の生きる場所……」
「殿下ご自身がお選びになった場所です」

 まるで全てを知っているかのように、ロフは私を見つめた。
 脳裏に、雪の中にそびえたつ姿が浮かぶ。口の中から自然に言葉が転がり落ちた。

「……レーフェルト」

 最果ての地に輝く宮殿。雪と氷に囲まれた美しい鳥籠。晴れ渡った空と広大な大地の風景が流れ込んでくる。

「私たちがお連れします。共に参りましょう」



 その晩、夢を見た。

 ヴァンテルが私の名を呼んでいる。
 声を限りに、何度も何度も私の名を呼んでいる。

 ──殿下、アルベルト殿下。
  ご無事ですか。
  どこにいらっしゃるのですか。

 捜して、捜して、歩き回って。
 昼も夜もなく私の名を呼び続けている。

 ──例え、地の底までも参ります。

 ヴァンテルの血を吐くような叫びが聞こえるのに、私の声は届かない。
 だって、ヴァンテルは私に背を向けているから。

 ──クリス……クリス。
  ここにいるのに。

  こちらを見て。   
  お願いだから、私に気づいて。

 必死で叫んでいるのに、少しも声は出なかった。
 いつの間にか手にも足にも、長い長い鎖の枷がついている。
 この瞳からいくら涙が零れても、愛しい人には届かない。

 例え、本能でもかまわない。
 もう一度伝えることができたなら。

 ──お前だけが、好きだと。
    

 目が覚めた時には、一人きり。
 白い光が差し込む部屋で私は声もなく泣いた。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

シャルルは死んだ

ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。

事故つがいの夫は僕を愛さない  ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】

カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました! 美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活 (登場人物) 高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。  高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。 (あらすじ)*自己設定ありオメガバース 「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」 ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。 天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。 理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。 天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。 しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。 ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。 表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217

処理中です...