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19.意思
①
しおりを挟む馬車が夜通し走り続けて、辺りがすっかり明るくなった頃。町に入ったのが分かった。
トベルクの侍従は、自分はロフ、黒布を纏った男はブレンだと名乗った。
私たちは、小さく目立たない一軒の宿屋に立ち寄った。
今まで訪れた宿とは全く違っていた。貴族や裕福な商人は、たいていが三階建ての大きな宿屋を使う。ここは一階が食堂で、二階が宿になっている。恐ろしく壁が薄くて話し声も物音も筒抜けだ。
私を二階の部屋で休ませ、ロフとブレンは一階に向かった。
ロフは宿の主人に食事を頼みながら、新しい馬車と馬を手に入れたいと話しかけている。陽気な主人は、旅の商人が丁度いい馬を仕入れてきたと教えていた。
硬い寝台に横になっていると、目の前の扉は何のためにあるのかと思うほど、一階の会話が丸聞こえだった。
「そんな男前な傷、一体どこでつけてきたんだい? まだ若いのに戦にでも行ってきたようじゃないか」
突然、女の仰天した声が上がる。ああ、あの男……ブレンのことだと思った。
彼は若いのか。いつも夜しか会っていないから、よくわからなかった。そして、ふと気がついた。顔を隠している布は、普段は外しているのだろうか。
小さな宿屋は、思ったよりも人気なようだ。食堂には次々に人がやって来て賑やかになる。
ギシギシと木の階段が軋む音が聞こえて、ブレンが食事を手にやってきた。顔に布は垂らされたままだ。
わずかな野菜と豆のスープに小さな黒いパンが添えられている。
「……ありがとう。其方たちも食べてきてくれ」
男は頷いて下に向かった。その後ろ姿は、どこかで見覚えがある気がする。
パンは硬く水分がない。小さく千切ってスープに浸した。少しでも食べなければ体がもたないのはわかっていた。
……二人は、どうして私を城から逃がしたのだろう。
トベルクは、部屋からは出られないと言った。私が世間から姿を消していれば物事がうまく運ぶのならば、逆は。
ひやりと嫌な予感が背を撫でた。トベルクは何としてでも追ってくるだろう。
塔にいたのなら命までは取られなかったかもしれないが、今度はそうもいかない。
ロフは、暫くすると二頭立ての馬車を手に入れてきた。城の馬車と引き換えで、何も知らない商人は喜んだ。
「殿下が今までお使いになったものとは比べ物になりませんが、お許しください。御召し物も、平民のものにお着替えいただきます」
侍従たちと大差ない服に着替えさせられる。長袖の丈の短い上着に脚衣。長い革靴を身につけると、ロフは眉を顰めた。
「……そんなにおかしいだろうか。これは動きやすいが」
「馬子にも衣装などと申しますが、やはりお生まれに合った衣装があるのだと感じます」
荒い織りの外套を着せられ、決して脱ぐなと言い含められた。頭巾までしっかりと被る。
「これから、どこへ?」
ロフは私の目を見て言った。
──故郷へ、と。
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