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18.資質
⑤
しおりを挟む深夜だったと思う。
ふと目が覚めた。どこか遠くで叫び声が聞こえる。あれは人の声だ。かすかに、空気の中に焦げた匂いが混じっている。
いきなり扉が開いた。蝋燭を灯した燭台を持った男が飛び込んでくる。トベルクの侍従だった。
「殿下、お目覚めください。ここを出ます」
私が起き上がると、侍従は手際よく私を着替えさせた。
「……出るって」
「逃げるのです。今を置いて機会はありません。火がつけられました。そちらに皆が気を取られている間に、ここを出ます」
「火?」
人々の声が少しずつ大きくなる。
侍従は私に外套を着せた。ろくに使っていなかった足がもつれそうになる。
「しっかりなさってください、アルベルト・グナイゼン殿下! こんなところで、お命を終えるおつもりですか」
小さくもはっきりした声音で言われ、目を瞠った。トベルクの侍従が私を見据える。瞳には強い力が籠もっていた。
「……貴方に死なれては困ります」
侍従は私の手を握り、引っ張るようにして部屋を出た。
扉を出てすぐにあったのは螺旋状の階段だった。夜目がきくわけではなかったが、壁に手をつきながら必死で細い階段を下りた。一番下まで降りると、煙の臭いが風に乗って流れてくる。侍従が外套に付いた頭巾を被り鼻と口を塞げと言うので、しっかり塞いで後を追う。
外に出ると、自分は城の主塔の最上階にいたことがわかった。
星明かりの美しい夜だった。井戸から水を汲み、消火に当たる人々の声が辺りに響く。益々、煙が流れてきた。
「殿下、お急ぎください。トベルク様は王宮にいらして、騒ぎに気付くには時間がかかります。兵が手薄なうちに裏門に向かいましょう」
侍従と走った先には、小さな馬車が停められていた。御者台には黒い外套に頭巾を被った男が待っている。
「……其方も」
布を垂らしたまま、男は頷いた。
トベルクの侍従は私を馬車に押し込むと、自分は男と共に御者台に乗った。
「決して顔をお見せになってはなりません」
御車台の侍従が門番と話している。閂のかかった門扉が開けられ、重い跳ね橋が渡される。息を殺している間に門を抜けた。後方で跳ね橋が上がる音が聞こえた。
どこに行くとも知れず、星明かりに照らされた道を馬車は走り出す。
外に出られたと言うだけで、私の心は輝く一つ星のように明るかった。
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