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17.本能
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「お久しぶりですね、アルベルト殿下。すっかりお元気になられたようで何よりです」
「……本当に、久しぶりだ」
応接間に現れたトベルクは、身長の高い美丈夫だ。理知的で温厚な性格で知られている。
博識で会話に長け、語学にも堪能な男だった。外交の第一人者と呼ばれ、他国との交渉術で右に出る者はいない。ライエンと共に向かった隣国との折衝に、彼の多大な功績があったことは、記憶に新しかった。
「どうして、私がここにいると? たしか、其方はライエンから聞いたと……」
「はい、ライエン様からうかがいました。殿下がフロイデンにおいでになっていると知って、居ても立ってもいられず、一目お姿を拝見できればと思って参りました」
「そうだったのか。以前も、其方たちには何の挨拶も出来ず、ここを発ってしまった。私はまたも不義理を重ねるところだった」
「何を仰るのです。殿下ご自身には、何の非もございません。御身の危機に何も出来なかった己がただ情けなく、恥を忍んで参りました」
「……トベルク」
廃嫡の請願書に名がなかった二人の宮中伯。その一人が、トベルクだった。
「明後日には出発するところだった。間に合ってよかった」
私が思わず微笑むと、トベルクも安堵の吐息を漏らした。
「そうだったのですか! 少しですが、凍宮へご持参いただければと手土産を持参致しました」
トベルクが視線を投げると、部屋の隅にいた侍従が、手にした品を掲げた。
「フロイデンで咲く花の香りをつけた茶葉です。少しでもこの地を思っていただければと」
白く小さな箱には、乾燥させた花が混ぜ込まれた茶葉が入っていた。箱を開けた途端、甘く華やかな香りが漂ってきた。
「ありがとう。心遣いに感謝する」
「よかったら、お召し上がりになりませんか? 殿下のお好みに合うかどうかが気になって。もし、お気に召さなければ、他の茶葉も用意がございます」
細やかな気遣いに感心して、レビンに茶の用意を頼んだ。
「ああ、私の侍従に淹れさせましょう。少々の蒸らし時間の違いで、味がだいぶ変わってしまいますので」
私が頷くと、レビンとトベルクの侍従は、連れ立って続き部屋に向かった。
少し経って、甘い香りが漂うお茶をトベルクの侍従が運んできた。美しく紅い色の茶に一枚の白い花弁が浮かんでいる。
「どうぞ、お召し上がりを」
微笑んだトベルクに促されるままに、私は、花弁ごとゆっくりと口に含んだ。
変調を感じたのは、半刻が経とうとした時だった。体が段々重くなり、手足の先が痺れている。視界がぼやける気がして、何度か頭を振った。
「どうなさいました? 殿下」
「……なんだか、おかしいんだ。体が、怠くて」
「怠いだけですか?」
「少し、視界もぼやけるような気がする。すまない、ちょっと……」
ぐらりと体が傾くところを、トベルクが椅子から立ち上がり、急いで支えてくれた。
トベルクの逞しい腕に掴まって見上げると、ひどく冷静な瞳があった。
「なるほど、こうしてみると、殿下に惹かれる者が多いのも仕方なく思えます」
「……何の話だ?」
「お命を頂戴するのが惜しまれるな、と思いまして」
……命?
「王族たちが夢中になるのは、血による本能だけかと思っておりましたが。案外、それだけではないのかもしれませんね」
「……トベルク? 何を言っている?」
「代々使われてきた茶葉の効果は絶大です。苦しい思いはさせませんから、どうぞご安心ください」
トベルクが?
……どうして?
私はようやく、先ほどの茶に何かが入れられていたことに気がついた。
「……本当に、久しぶりだ」
応接間に現れたトベルクは、身長の高い美丈夫だ。理知的で温厚な性格で知られている。
博識で会話に長け、語学にも堪能な男だった。外交の第一人者と呼ばれ、他国との交渉術で右に出る者はいない。ライエンと共に向かった隣国との折衝に、彼の多大な功績があったことは、記憶に新しかった。
「どうして、私がここにいると? たしか、其方はライエンから聞いたと……」
「はい、ライエン様からうかがいました。殿下がフロイデンにおいでになっていると知って、居ても立ってもいられず、一目お姿を拝見できればと思って参りました」
「そうだったのか。以前も、其方たちには何の挨拶も出来ず、ここを発ってしまった。私はまたも不義理を重ねるところだった」
「何を仰るのです。殿下ご自身には、何の非もございません。御身の危機に何も出来なかった己がただ情けなく、恥を忍んで参りました」
「……トベルク」
廃嫡の請願書に名がなかった二人の宮中伯。その一人が、トベルクだった。
「明後日には出発するところだった。間に合ってよかった」
私が思わず微笑むと、トベルクも安堵の吐息を漏らした。
「そうだったのですか! 少しですが、凍宮へご持参いただければと手土産を持参致しました」
トベルクが視線を投げると、部屋の隅にいた侍従が、手にした品を掲げた。
「フロイデンで咲く花の香りをつけた茶葉です。少しでもこの地を思っていただければと」
白く小さな箱には、乾燥させた花が混ぜ込まれた茶葉が入っていた。箱を開けた途端、甘く華やかな香りが漂ってきた。
「ありがとう。心遣いに感謝する」
「よかったら、お召し上がりになりませんか? 殿下のお好みに合うかどうかが気になって。もし、お気に召さなければ、他の茶葉も用意がございます」
細やかな気遣いに感心して、レビンに茶の用意を頼んだ。
「ああ、私の侍従に淹れさせましょう。少々の蒸らし時間の違いで、味がだいぶ変わってしまいますので」
私が頷くと、レビンとトベルクの侍従は、連れ立って続き部屋に向かった。
少し経って、甘い香りが漂うお茶をトベルクの侍従が運んできた。美しく紅い色の茶に一枚の白い花弁が浮かんでいる。
「どうぞ、お召し上がりを」
微笑んだトベルクに促されるままに、私は、花弁ごとゆっくりと口に含んだ。
変調を感じたのは、半刻が経とうとした時だった。体が段々重くなり、手足の先が痺れている。視界がぼやける気がして、何度か頭を振った。
「どうなさいました? 殿下」
「……なんだか、おかしいんだ。体が、怠くて」
「怠いだけですか?」
「少し、視界もぼやけるような気がする。すまない、ちょっと……」
ぐらりと体が傾くところを、トベルクが椅子から立ち上がり、急いで支えてくれた。
トベルクの逞しい腕に掴まって見上げると、ひどく冷静な瞳があった。
「なるほど、こうしてみると、殿下に惹かれる者が多いのも仕方なく思えます」
「……何の話だ?」
「お命を頂戴するのが惜しまれるな、と思いまして」
……命?
「王族たちが夢中になるのは、血による本能だけかと思っておりましたが。案外、それだけではないのかもしれませんね」
「……トベルク? 何を言っている?」
「代々使われてきた茶葉の効果は絶大です。苦しい思いはさせませんから、どうぞご安心ください」
トベルクが?
……どうして?
私はようやく、先ほどの茶に何かが入れられていたことに気がついた。
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