凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
61 / 154
14.決意

しおりを挟む

「殿下、今宵は私の居室にお連れしようと思いましたが、いかがなさいます?」
「え? ああ、そうだった……」

 私は、ライエンに王宮から連れ出される途中で、小宮に寄ってもらったのだ。
 肩に置かれたヴァンテルの手に、わずかに力が籠もる。

「……エーリヒ。私はもう少し、ヴァンテルと話がしたい」
「わかりました。では、私の力がご入用の際には、お声がけください。いつでも殿下の元に馳せ参じます」
「うん……。エーリヒ、ありがとう」

 ライエンは、小宮殿の入り口に向かおうとした。私は、名を呼んで呼び止める。

「……エーリヒ、東の宮殿で、いつも力を貸してくれてありがとう。本当に嬉しかった」
「殿下、これからも、いつでもお力になります。それに、レーフェルトなどより我が領地へおいでください。くれぐれも、お忘れなく!」

 ライエンは、片手を一度高く上げ、付き従う騎士たちと共に姿を消した。



「……何の話です? ライエンの領地へ?」

「ああ、エーリヒが暖かい南の方が体にいいだろうと言うんだ。凍宮は気候が厳しいし、それに寂しすぎると」

 私はヴァンテルの顔を見上げた。青い瞳が揺れている。

「……クリス、どうした?」
「確かに、ライエンは南の低地に領土を多く持っています。凍宮と違って殿下の御体にもご負担が少ない」
「クリス?」
「殿下は、南で暮らしたいとお思いですか?」

 真剣な瞳で聞かれて、しばらく考え込んだ。
 庭園に風が吹き抜ける。すっかり陽は落ちてきて、夕暮れが近くなっている。

「……正直、考えたこともなかった。自分で何かを選ぶなんて、したことがないから」

 思えば、ずっと人に言われるがままの人生だった。選択の余地などなく、自分から何かを選べると思ったことすらない。

「南の領地への誘いは、前にエーリヒが凍宮に来た時に言われたんだ。だが、そんなことが本当に出来るとは思えなかった。私は凍宮に幽閉の身だ。下手なことをしたら、それこそエーリヒの首が飛ぶ。私は、エーリヒの未来を潰したくなんかない。……それに」

 私は、ヴァンテルに向き合った。大好きな、青く美しい瞳を見つめる。

「エーリヒだけじゃない……。クリスにも、フロイデンで幸せに生きてほしい。私はこれから、レーフェルトに戻る。クリスはもう、凍宮に来るな。私も二度と、フロイデンの地は踏まない」

 ヴァンテルの瞳が、驚愕に見開かれた。

「……殿下。何を……仰るのです」
 
「お前は、長い間、私のことを考えてくれた。これ以上、私に関わるな。私はお前の用意してくれた鳥籠で、この先の人生を過ごす」


 もう、いいんだ。
 もう、十分だから。

 ずっと知りたかったことを知ることが出来た。
 お前が私を大事に想ってくれた。その想いを、北の果てまでもっていく。

 この先、長くはない人生なのだろう。優しい思い出を大事に眺める日々も、そう続きはしない。
 お前にもらった本と共に、美しい雪と氷の宮殿に戻ろう。


「私は初めて、自分の意志で自分の行く場所を選ぶんだ」

 私は、愛する男の唇に、唇を重ねた。

「クリス、お前のことがずっと、好きだった」

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

シャルルは死んだ

ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

処理中です...