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14.決意
④
しおりを挟む「殿下、今宵は私の居室にお連れしようと思いましたが、いかがなさいます?」
「え? ああ、そうだった……」
私は、ライエンに王宮から連れ出される途中で、小宮に寄ってもらったのだ。
肩に置かれたヴァンテルの手に、わずかに力が籠もる。
「……エーリヒ。私はもう少し、ヴァンテルと話がしたい」
「わかりました。では、私の力がご入用の際には、お声がけください。いつでも殿下の元に馳せ参じます」
「うん……。エーリヒ、ありがとう」
ライエンは、小宮殿の入り口に向かおうとした。私は、名を呼んで呼び止める。
「……エーリヒ、東の宮殿で、いつも力を貸してくれてありがとう。本当に嬉しかった」
「殿下、これからも、いつでもお力になります。それに、レーフェルトなどより我が領地へおいでください。くれぐれも、お忘れなく!」
ライエンは、片手を一度高く上げ、付き従う騎士たちと共に姿を消した。
「……何の話です? ライエンの領地へ?」
「ああ、エーリヒが暖かい南の方が体にいいだろうと言うんだ。凍宮は気候が厳しいし、それに寂しすぎると」
私はヴァンテルの顔を見上げた。青い瞳が揺れている。
「……クリス、どうした?」
「確かに、ライエンは南の低地に領土を多く持っています。凍宮と違って殿下の御体にもご負担が少ない」
「クリス?」
「殿下は、南で暮らしたいとお思いですか?」
真剣な瞳で聞かれて、しばらく考え込んだ。
庭園に風が吹き抜ける。すっかり陽は落ちてきて、夕暮れが近くなっている。
「……正直、考えたこともなかった。自分で何かを選ぶなんて、したことがないから」
思えば、ずっと人に言われるがままの人生だった。選択の余地などなく、自分から何かを選べると思ったことすらない。
「南の領地への誘いは、前にエーリヒが凍宮に来た時に言われたんだ。だが、そんなことが本当に出来るとは思えなかった。私は凍宮に幽閉の身だ。下手なことをしたら、それこそエーリヒの首が飛ぶ。私は、エーリヒの未来を潰したくなんかない。……それに」
私は、ヴァンテルに向き合った。大好きな、青く美しい瞳を見つめる。
「エーリヒだけじゃない……。クリスにも、フロイデンで幸せに生きてほしい。私はこれから、レーフェルトに戻る。クリスはもう、凍宮に来るな。私も二度と、フロイデンの地は踏まない」
ヴァンテルの瞳が、驚愕に見開かれた。
「……殿下。何を……仰るのです」
「お前は、長い間、私のことを考えてくれた。これ以上、私に関わるな。私はお前の用意してくれた鳥籠で、この先の人生を過ごす」
もう、いいんだ。
もう、十分だから。
ずっと知りたかったことを知ることが出来た。
お前が私を大事に想ってくれた。その想いを、北の果てまでもっていく。
この先、長くはない人生なのだろう。優しい思い出を大事に眺める日々も、そう続きはしない。
お前にもらった本と共に、美しい雪と氷の宮殿に戻ろう。
「私は初めて、自分の意志で自分の行く場所を選ぶんだ」
私は、愛する男の唇に、唇を重ねた。
「クリス、お前のことがずっと、好きだった」
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